エホバの証人日本支部との電話
エホバの証人日本支部に電話。今回は「いまだに子どもに体罰を行っているエホバの証人親がいて困っている」という設定で電話した。
私「そちらの信者で子どもに体罰をしている人がいるのだが、本部からやめるように指導できないか?」
子供の教育は各家庭に任せているという、安定の逃げ口上がくるかと思いきや、
エホバ「はい、こちらで管轄している地元のグループに連絡して確認していくことが可能」
私「やめるように言ってもらうことは可能か?」
エホバ「地元のグループがふさわしく援助するようにこちらから連絡することはできる」
出た。ふさわしくとか、援助とか。気持ち悪いエホバワード。地元の世話役が援助交際するわけですな。
エホバの証人日本支部へ電話、聖書に何が書いてあろうと「そんなの関係ねぇ!」
私「では、その(暴力エホバの証人の)名前をそちらに伝えれば、注意して頂くことは可能と?」
エホバ「名前などが分かれば、状況の確認から入る」
確認、確認と繰り返し言う。何だか嫌な予感がするので念押ししてみる。
私「基本的には、子どもをもう叩かせない方向に持っていって頂けるのか?」
エホバ「地元のグループの方で、ふさわしく確認をしていくことが行われる」
お前らのふさわしいは、全くふさわしくないんだが・・・
私「確認して、お尻などを叩いているのが事実であれば止めてもらえるのか?」
エホバ「聖書の原則に沿わないことが行なわれているようであれば、援助がなされる」
聖書より、日本国の行政機関発行のガイドラインに従えよ。そして、聖書より、目の前の子どもを見ろよ。
私「子どものお尻を叩くのは聖書の原則に沿っているのか?」
エホバ「程度にもよるし、個別の状況で異なるかと思うので、こちらでそれが良いか悪いかの判断は出来かねる」
私「叩くのが1回や2回ならば、見逃す可能性もあるということか?」
エホバ「状況や回数だけではなくて、すべての状況を確認したうえで聖書の原則に沿っていないと判断されるようであれば、地元で援助がなされる」
私「そちらから出ている”会衆へのお知らせ”では、”エホバの証人は児童虐待を容認していません”と書いてある。今の時代は1発2発叩くのも児童虐待ということになっている」
エホバ「それぞれの状況を確認して、児童虐待に該当すると判断されるようであれば(援助?)されると思う」
私「そちらの認識としては、状況によっては多少なりとも体罰はあっても良いということなのか?」
エホバ「決してそうではない。児童虐待は容認しない」
私「叩いているのは、確実に児童虐待なのだが?見ている人もいるので」
エホバ「なるほど、その状況を地元が確認していくことになる」
私「それで(叩くのを)やめるように言って貰うことは可能ですね?」
エホバ「状況によって、そうすることもある」
私「状況というのは?」
エホバ「この電話では何が起きているのかすべて聞いているわけではないので、(確認したうえで)何が行われるか、お約束は致しかねる」
はっきりと「叩いている信者がいるとすれば止めさせるように動く」と言えばいいのに。援助だとか状況確認だとか面倒くさい奴らだよ。
何か、昔っから、エホバの証人の王国会館に連れて行かれていたときから、思っていたけど、回りくどくて、爽やかさのカケラもない気持ちの悪い連中だよ。
というか、叩くのは児童虐待だと認識しているが、あえて濁しているのかのような印象さえ受ける。まあ、エホバの証人公式サイトには未だに「体罰は必要」と書いてあるからな・・・。
結論としては、エホバの証人日本支部へ、信者の体罰親を通報すれば、地元の世話役こと長老なにがしが、状況確認に動く。地元側に1発2発叩くのも児童虐待という認識があるかは不明だが、児童虐待が行なわれていれば容認はしないという建前だと。