叩かれていない世代、体罰を受けないエホバの証人2世

自身がJW二世という境遇を問題視しない世代

現役JW(エホバの証人)2世の男性が、一般女性と交際しているケース。今どきの現役JWは、自身がエホバの証人であることを、問題視していないのではないかと昨日の記事で書いた。恋愛問題からは逸れて、今日はこの件。

私は、親によって生まれながらにエホバの証人を強制された。14才のとき、30年近く前になるのだが自分の意思でJWを脱会。私がエホバの証人だったのは不運、不可抗力。それでも、

「元」エホバの証人であるというのは、私にとって重い十字架。屈辱。人生の汚点。

これが、現代のエホバの証人2世にとっては屈辱ではない。問題ですらない。だから、交際相手にもわりと軽く告げられちゃう。という仮説。

体罰を受けないエホバの証人の子供たち

私が子供の頃のエホバの証人は、体罰全盛期だった。「懲らしめの鞭」は「愛の鞭」だと、組織が体罰を推奨。というか「叩けない親は子供を愛していない」的な論調で、洗脳親たちに体罰を反強制。

やんちゃな私は3日に1回弱ペースでしこたまお尻を叩かれた。

ところが、現在のエホバの証人組織では、体罰がないことになっている。世情を鑑みて、大昔から体罰なんか無かったことにしている。

現在のエホバの証人には体罰が存在しない。これが事実だとしたら?体罰を受けないエホバの証人の子供。

体罰で縛られないのなら、戒律の厳守も中途半端になる。JW的禁止事項も気分次第で守らない。例えば、給食。全員が合掌しているときに恥ずかしければ一緒に合掌しちゃう。友達の誕生日パーティーとかも楽しそうなら行ってしまう。
(※JWは誕生日祝い禁止、異教チックな給食前の合掌も禁止)

そりゃそうさな。これならオレも友達の誕生日パーティー行くよ。親に逆らっても、お尻叩かれないのなら。腐ったエホバの証人の謎戒律、そんなもん守る意味ない。

今どきのエホバの証人二世男、このノリで一般女性と交際しているのかもね。彼らにとって、エホバの証人の戒律はガチで厳守すべきものでは無い。体罰が無ければ、目の前の楽しそうなこと、気持ちよさそうなことを優先させますわな。

「輸血しないと死にますよ」と医者に言われれば、

「じゃあ輸血します」と。

禁止事項の多いエホバの証人2世の学校生活は苦難の連続~エホバの証人のできないことまとめ

エホバの証人組織の怪我の功名、体罰中止

現在のエホバの証人の親は、体罰の代わりに束縛や言葉の暴力で子供を削ぐ。そうして依存度の高いカルト体質に育てて縛り付ける。

それが出来ない親は、体罰がないので子供を縛れず放任。「それでも愛しているから、エホバの証人をやめないで」という情に訴える縛り方。

これは下手に暴力で縛るより、たちが悪い。子にしてみれば、エホバの証人親に対して恨みが薄い。体罰がないから、わりと自由に戒律破ってきたし、学校生活にも支障がない。「親がヤバい」だけのわりと普通の子供。

それでも親は自分を愛していると言う。このまま、

バランスで物事を考えられる年齢になると、「親も宗教も捨ててやる!」という気持ちにはなりにくい。親でも宗教でも苦労してないんだから。すると天秤は親の愛情の方に傾く。

しかも、親はエホバの証人というダメ人間。人生を自ら切り開いていくなんて気概はない。そんな親を見て育ったら、何かに挑戦したいというタイプの人間には育ちにくい。

人生のチャレンジにとって、宗教が障害となる。だから「エホバの証人をやめよう」というふうにもならない。

叩かれていない世代、彼らの脱会意志は我々の世代に比べて薄い。うーん、体罰やめたのは、エホバの証人組織にとって怪我の功名だったのではないかと。そんな気がしてきた。


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