親として”ふさわしくない”エホバの証人

サタン一派の地道な奉仕活動

ものみの塔協会の教義では悪霊というものの存在について明確に示されている。悪霊”あくりょう”ではなく”あくれい”と読むのがものみの塔方式である。ものみの塔協会の教義ではサタンという悪霊の親玉を筆頭にして諸々の悪霊が地上を闊歩しているという設定になっている。

サタンは他の宗教だとルシファーなどと呼ばれることもある。最も優秀で美しい”み使い”(一般的には天使)だったのだが、その自らのレベルの高さゆえに神に反乱、地上に下って最初の人間であるアダムとエバ(イブと呼ばれることもあるがものみの塔協会ではエバに統一)を蛇に化けて騙した。この辺りはだいたいどの宗教でも同じである。

神によって採集を禁止されていた知恵の実を食べたためにアダムとエバは自分たちが全裸であることに気付き衣類をまとう。人類の創造主に対する最初の罪である。これは傲慢な創造主に対する知識欲と冒険心のある人類の抵抗だった。しかしそれ以来人間は寿命を区切られ労働と産みの苦しみをしこたま味わうことになったという神話である。

ものみの塔協会の教義ではこのアダムとエバの原罪以来、サタンは他のみ使いや歴代の聖人(ものみの塔協会は聖人とは呼ばなり)、預言者から一般人、キリスト本人に至るまで誘惑を試みていることになっている。その誘惑に負けた天使(み使い)が悪霊として地上にさまよっているとされている。そのサタン一派がものみの塔協会の教えに背くように人類を誘惑し騙すという活動を現在でも地道に続けているという設定になっている。

人の親として”ふさわしくない”エホバの証人

ただ我々人類はその悪霊たちの姿を見ることは出来ない。地上に降りて来たとき以外のキリスト、神エホバ、他のみ使いや悪霊、サタンも我々一般人の目には見えないというのがものみの塔協会の設定である。

よって映画や漫画で描かれる幽霊やお化けなどは、サタンや悪霊たちが人々を欺くための手段であるというのがものみの塔協会の言い分である。そういったものに欺かれないためにお化けや幽霊の映画は見てはいけないとエホバの証人の2世は親に言われるのである。

ここで疑問なのはサタン一派の目的である。自分たちの姿は見えないのにあえて具現化しているというのは何のためなのだろうか。存在は隠しておいた方が本来の目的を果たしやすいはずなのだ。

エホバの証人の親が「オバケのQ太郎」や「ゲゲゲの鬼太郎」を禁止するのに真っ当な理由は無い。それは会衆の長老兄弟やベテラン姉妹の言いなりになっているだけなのである。エホバの証人は自分の頭でものごとを考えることが出来なくなる。ものみの塔協会や会衆内の権威者に言われた通りの行動を取るだけである。自分の頭を使って考えることがないのでそれはとても楽な状態で癖になる。子供の教育などそんな状態では土台無理なのだ。


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