『カルト宗教やめました。「エホバの証人2世」の私が信仰を捨てた後の物語』

カルト宗教やめよう

前作に続く『カルト宗教やめました。』

電子書籍でも発売されているので、ペーパーの本で読みにくい現役エホバの証人におすすめの一冊。

著者は元エホバの証人2世信者で現在は無事に脱会、そして親という、私と同じ立場で同感する点が多数。

見知らぬ家の呼び鈴を鳴らす夢を未だに見る

私もいまだにこの夢を見ます。エホバの証人をやめて25年以上経過した今でも。

同じ悩みや、同じ問題を抱えている他人がどう生きているのかを知ることは、自身の傷を癒すことに繋がります。是非この本を読んでカルト宗教やめましょう。

KindleUnlimited会員なら無料。(2023年7月現在)

¥990 (2024/01/06 09:22時点 | Amazon調べ)

深く同意したシーン

作者の母親がヘビ嫌い

“『カルト宗教やめました。「エホバの証人2世」の私が信仰を捨てた後の物語』” の続きを読む


『カルト宗教信じてました。』、元エホバの証人2世の実体験

エホバの証人の洗脳が解ける瞬間

エホバの証人2世の実体験のコミック

エホバの証人2世の実体験をコミック化した本です。洗脳が解ける瞬間が鮮やかに描かれています。このコミックの著者は、ネットの情報や教団外の書籍を見て、エホバの証人の洗脳が解けています。

ものみの塔協会が外部の情報に触れさせないようにしているのは、このようにして、信者の洗脳が解けるのを防ぐためです。

この本の作者は元々、エホバの証人の教理に懐疑的でした。現役信者である頃から、自身の子どもへの輸血を承諾していています。教団が推奨する子どもへの体罰も行っていません。エホバの証人と言えば、輸血は絶対禁止、子どもへの体罰(児童虐待)推奨の組織です。

この本の作者は、エホバの証人に洗脳されつつも、自分の頭で思考する能力がまだ残っていました。それでも、ハルマゲドン、その後の地球のパラダイス化という、突拍子もないエホバの証人の教理は信じ切っていました。

どんないい加減な教理でも、子どもの頃から繰り返し繰り返し、刷り込まれると脳に染みついてしまいます。まるでナイフで木に刻まれた文字のように。

この世の真理とは

“『カルト宗教信じてました。』、元エホバの証人2世の実体験” の続きを読む


『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』~エホバの証人2世の死生観

元エホバの証人2世の体験コミック

『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』

エホバの証人2世の境遇を描いたコミック。紙書籍版は中古しか販売されておらず(執筆当時2021年1月)。電子書籍版なら端末を覗かれない限り、読んでいるのを知られないので、現役信者の方にもおすすめ。

エホバの証人というのは、自称キリスト教系の新興宗教。2世というのは、宗教2世信者のことで、親の宗教を強要された子どものこと。私も、本書の作者と同じようにエホバの証人2世だった。

エホバの証人組織は、教団外の本を読んではいけないと信者に言うが、それは自分たちの主張を守るための情報統制。マインドコントロールの手段。自分から知ろうとしない限り、真理はあなたの元にはやってこない。

この本は危険でもないし、本ブログのようにエホバの証人組織に対して攻撃的・真っ向から批判しているわけでもない。コミックなので読みやすいし、絵柄も受け入れやすい優しいタッチ。

エホバの証人2世の気持ちを代弁する本

“『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』~エホバの証人2世の死生観” の続きを読む


親の限定的愛情に縛られる、エホバの証人2世の子ども

悩み続けるエホバの証人の子ども

笑えないエホバの証人2世

私は、生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。

エホバの証人というのは、自称キリスト教系の新興宗教。日本ではものみの塔聖書冊子協会が組織の維持・運営を行っている。2世というのは宗教2世被害者のこと。親の1世信者によって宗教を強制された子どものこと。

私は、小学生の終わり頃にはエホバの証人をやめたいと思い始めた。そして、中学1年生のときに、エホバの証人を早々にやめることを決断する。1990年代前半のこと。

この頃の私はサッカーに熱中していて、エホバの証人活動に奪われる自分の時間を、自分の好きなサッカーに使いたかった。

一方、幼い頃からのエホバの証人の洗脳で、私は本当にハルマゲドンという世界の終わりがくると信じていた。

そして、私はものみの塔によって禁じられているマスターベーションをやめることができなかった。その罰で、ハルマゲドンで自分の身体が焼き尽くされる覚悟もできていた。

どうせ残り短い生であるならば、好きなサッカーを思いっきりやりたかった。

エホバの証人をやめるという決断をしてから、実行に移すまで1年近く時間を要した。この時期が私の人生の中で一番辛い時期だった

この15年後、私は無茶苦茶な生活をしていて、借金だらけの上、自動車免許取り消しになったりと人生絶賛迷子中。頭髪に円形脱毛症ができるほどのストレスだった。

それでも、エホバの証人をやめられずにいた14才の頃に比べれば、格段に楽しかった。何かちょっとでも面白いことがあれば、笑うことができた。14才の私は、一瞬たりとも笑うことのできない闇の中にいた。

エホバの証人一家の根底は嘘、エホバの証人家族が機能不全に陥る理由

両親の限定的愛情に縛られる、エホバの証人2世

“親の限定的愛情に縛られる、エホバの証人2世の子ども” の続きを読む


エホバの証人のやめるための考え方:今は二度とこない

今は二度とこない

幼い子どもへのエホバの証人の洗脳

私は、ほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。中学生になると、私は自分がエホバの証人2世であることが嫌で嫌で仕方がなかった。

しかし、両親は15年近くものあいだ熱心なエホバの証人で、エホバの証人をやめるということは、両親の期待や両親そのものを裏切ることになると、私は思い込んでいた。

そのため、私は両親に対して、エホバの証人脱会の意志をなかなか言い出すことができなかった。

そもそも、私自身がものみの塔の深い洗脳状態にあった。物心つく前からエホバの証人として育てられたことが原因。

ものみの塔は体罰を推奨しているので、エホバの証人の親は、懲らしめと称して子どもに暴力を振るう。エホバの証人の子どもは、ものみの塔の教理を体の痛みで覚えさせられる。

天にエホバというおっかない短気な神様がいて、間もなく到来するハルマゲドンというこの世の終わりで、世界を焼き尽くす。私が罪を犯して悔い改めないと、永遠の闇に葬られる。こんな恐怖心に駆られていた。

エホバの証人をやめてしまうと、私の人生はハルマゲドンであっけなく幕を閉じてしまう。そう洗脳されていた。

バカバカしい話だが、これがエホバの証人2世の現実。

幼い頃から、ものみの塔の教理を痛みと共に体に叩き込まれた。そのため、おバカな教理を信じ切ってしまっていた。小さな子どもに、暴力による恐怖教育を行った結果

つまらないエホバの証人の集会に週3回も出席し、毎週末には恥を忍んで見知らぬ家の呼び鈴を鳴らす布教活動をしなければならない。布教活動中にクラスの同級生に会おうものなら、恥ずかしさMAXの地獄。

それを耐えることができたのは、私が深い洗脳状態にあったから。

ものみの塔の言うことは真実で、今さえ耐えればいい。そうすれば、ハルマゲドン後に、楽園に入って永遠の命を享受できる。そう信じていた。

エホバの証人をやめるための思考方法

“エホバの証人のやめるための考え方:今は二度とこない” の続きを読む


児童虐待が隠蔽されているエホバの証人の王国会館を通報せよ

児童虐待の王国会館

陰湿なエホバの証人の体罰

警察庁の犯罪統計によると、児童相談所に通告した子どもの数が2019年に過去最多になったとのこと。児童相談所に通告した18才未満の子供の数は10万人弱、そのうち身体的虐待が2万人ほど。

周囲にエホバの証人2世の子どもがいる人は、積極的に子供に通告させる、自ら通告するという行動を取れる時代になった。

エホバの証人の体罰は、子どものお尻をベルトや素手で叩く方式なので身体に証拠は残らない。しかし、子どもたちの心に大きな傷が残る。周りの正常な大人には、それを救う義務がある。

エホバの証人の集会が開かれる王国会館には、”懲らしめ”用の部屋があった。懲らしめというのは体罰、児童虐待に該当する。くだらない自己満足の公開講演がされている間、子どもたちは当然おとなしくしていることはできない。

公開講演というのは、週末の集会で行われる、男性信者による単独の宗教講話のこと。ほとんど自慰行為。

詳しくはこちらの記事で→エホバの証人2世の物的被害

エホバの証人は、懲らしめという体罰で抑えつけて、子どもの心をのっぺりと平らにして洗脳していく。静かに2時間座っている子どもが模範的な良い子ども、神エホバや両親から愛されるのだ、と体罰の恐怖で思い込ませる。

懲らしめ用の部屋は密室になっていて外に音が漏れなかった。私がしこたまお尻を叩かれていた30年以上前でも、教団指導層は虐待を”疑われる”ので、子どもの泣き声を外に漏らさないよう懲らしめを行え、と信者に通達していた。

エホバの証人組織の中では、組織的、伝統的に子どもへの虐待が行われている。私が懲らしめられた部屋には、水道用のホースが設置してあった。緑色のホースで、子どもの私はお尻を思いっきり引っぱたかれていた。30年以上前の光景が、まざまざと目に浮かぶ。

愛のムチとは?エホバの証人の王国会館を通報せよ

“児童虐待が隠蔽されているエホバの証人の王国会館を通報せよ” の続きを読む


親失格のエホバの証人、帰宅部強制のエホバの証人2世

親失格エホバの証人

エホバの証人2世、蔑まれているという思い込み

私は、ほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。両親は2人とも、ものみの塔協会によって完全にマインドコントロールされたエホバの証人だった。

私が両親にようやく抵抗したのが、中学生になってすぐのクラブ活動の選択。

私の通っていたド田舎の中学校では、生徒全員が何らかのクラブ活動に所属する決まりだった。しかも、男子生徒はほぼ全員運動部に入部しており、文化部に入る男は非国民だという風潮があった。

しかし、私の両親は当然のように私を文化部に入部させようとしていた。運動部だと、エホバの証人活動に差し支えるため。これに私は断固抵抗した。

中学生のクラブ活動が文化部だろうと運動部だろうと、今の私にとってはどうでも良いし、周囲と違って運動部に入らないのも個性だと思える。しかし、

この頃の私は、”変人、変わり者、宗教、キリスト”と呼ばれ、学校内で蔑まれている、と思い込んでいた。これ以上、悪目立ちするのは思春期の私にとっては耐えられなかった。

周囲から浮かないように、私はどうしても運動部に入部したかった。

エホバの証人2世の、自意識過剰

“親失格のエホバの証人、帰宅部強制のエホバの証人2世” の続きを読む


エホバの証人の幼児へのエロティックな性教育は性的虐待

エホバの証人2世の高まる性的欲求

エホバの証人の性教育は性的虐待である

本記事は露骨な性的表現を含みます。閲覧にはご留意ください。

 

 

私は、ほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。そして、私は小学校の高学年になると性的な衝動に強く駆られるようになった。これが1990年代初頭のこと。

思春期の男の子の性欲の高まりは正常なこと。好きな女の子ができたというのも原因のひとつかもしれない。しかし、それ以上に私の性的衝動には大きな原因があった。それは、エホバの証人の過激な性教育を受けた影響。

エホバの証人は小さな子どもに性教育を行う。マスターベーションはダメ。肛門や口を使ったセックスは禁止、そんなことをエホバの証人2世は幼児の内から教え込まれる。キスやペッティングは結婚するまで禁止。

淫行、姦淫、なんだそれ?という子どもに、ひたすら禁止、禁止と教える。

ものみの塔の宗教本には思わせぶりな写真や挿絵が載っていて、さらに少年の欲望を刺激する。

小さな子どもに、露骨な性的情報を教える必要はない。むしろ、不要な性的情報を植え込むエホバの証人は、児童・幼児に性的な虐待を加えている。

マスターベーション禁止のエホバの証人

“エホバの証人の幼児へのエロティックな性教育は性的虐待” の続きを読む


エホバの証人2世、恥にまみれた屈辱的な小学校生活

エホバの証人2世、屈辱的な小学校生活

エホバの証人2世の子ども、灰色の小学校生活

私は、ほぼ生まれながらにしてエホバの証人という宗教の2世信者として育てられた。小学校高学年になると、エホバの証人2世という境遇が圧倒的な不運だと思い始めた。

エホバの証人2世である限り、明日は楽しみではなく、日常の景色は灰色だった。

2日か3日おきに抜群に退屈なエホバの証人の集会がある。この日は、放課後に友達と遊ぶことは許されない。集会の予習をしなければならないから。この集会では、1ヶ月に1回程度の間隔で割り当てというモノが回って来る。

エホバの証人の親が子供に勧誘活動をさせるのは虐待

割り当てとは、各信者が宗教勧誘の練習のため、聴衆となる大勢の信者の前で講話や勧誘の模擬練習をすること。これは、神権宣教学校という、ものみの塔の教育プログラムになっていた。

小学生の私は、一番初学の5分程度の聖書の朗読と講話をしなければならなかった。この準備も面倒だった。

エホバの証人の集会の日は友達と遊ぶこともできないし、集会の無い日でもエホバの証人でない友達と遊ぶことに対して、親は良い顔をしなかった。

集会の無い土曜日も、学校が終わった午後になるとエホバの証人の布教活動に出かけなければならなかった。

私が小学生の頃は、土曜日の午前中はまだ学校があった。途中で学校も完全週休2日制になったのだが、私にとって嬉しくも何ともなかった。結局、エホバの証人の布教活動に参加しなければならない時間が増えただけ。

私にとって小学校生活は、楽しみなど何もない灰色だった。

痛みを伴うエホバの証人2世の小学校生活

“エホバの証人2世、恥にまみれた屈辱的な小学校生活” の続きを読む


エホバの証人の子供に生まれた圧倒的不幸、監視される学校生活

不幸なエホバの証人の子ども

エホバの証人2世の学校生活

私は生まれながらのエホバの証人だった。小学校高学年になった私は、クラスメイトと同じようにクリスマス会に参加したかったし、校歌も国家も普通に歌い、騎馬戦にも出たかった。

しかし、そういった活動すべてはものみの塔の柔軟性のない態度によって禁止されていた。ものみの塔は、他の宗教を全て異教・異端とみなし攻撃対象にしている。本来は自分たちが異端そのものなので、滑稽な話。

クリスマスは普通にキリスト教に関連した行事なのだが、エホバの証人から見ると異端の行事のため禁止。節分や七夕は、当然のように禁止。

私の子どもの頃はなかったのだが、最近騒がれるようになったイースターやハロウィンも禁止。

給食の前の合掌も、日本の神仏への祈りのポーズと同じなのでNG。合掌しないだけならともかく、キリスト教ポーズで祈りを捧げなければなかったので、周囲から見ると明らかな変人。給食は毎日のことなので辛かった。

エホバの証人の子どもには心休まる日は無い。

学校の先生は、小学生の私が何らかの行事に参加しないと言うたびに干渉してきた。この行事は宗教性は無いのではないかと。しかし、小学生だった私がエホバの証人の掟を破ったらどうなっただろうか?

親に怒られるだけでは済まない。エホバの証人の教理に背くということは、狂信的なエホバの証人信者である親との決別を意味する。

親の保護なしには生きられないし、親を捨てる覚悟もない。10才ちょっとでその覚悟はなかなか持てない。親に保護されて生きてきた時間が、人生の総量に占める割合として大きすぎた。いまだ、両親の愛情を必要とする年齢だった。

であれば、親に秘密で学校だけでエホバの証人でない顔をするしかない。しかし、学校の先生はその秘密保持を保証できない。親に黙っていて、後でばれたとき、自己の保身ができないから。

エホバの証人の親は怒り狂いますよ。子どもに異教の行事を押し付けたんじゃないのかと。覚悟も無いのに、仕事だから念のため干渉してくるだけの無能な地方公務員、エホバの証人の子どもだった私は、学校の先生をその程度に捉えていた。

エホバの証人の子供に生まれた圧倒的不幸

“エホバの証人の子供に生まれた圧倒的不幸、監視される学校生活” の続きを読む