やはり、エホバの証人は完全禁止に
『みんなの宗教2世問題』4章「精神医療/カルト問題報道の観点から」。
元エホバの証人2世の横道氏と精神科医の対談。
神というのは、すごく依存しやすいもの
ギャンブル、酒、クスリと同じ類。むしろ違法薬物。
だからこそ
宗教自体を十八歳未満禁止とか二十歳未満禁止にするべき
18禁にするのは子どもには毒だとか、早すぎるとかの理由で有害だから。
“エホバの証人は解散一択、18禁どころか完全禁止にすべき。” の続きを読む
『みんなの宗教2世問題』4章「精神医療/カルト問題報道の観点から」。
元エホバの証人2世の横道氏と精神科医の対談。
神というのは、すごく依存しやすいもの
ギャンブル、酒、クスリと同じ類。むしろ違法薬物。
だからこそ
宗教自体を十八歳未満禁止とか二十歳未満禁止にするべき
18禁にするのは子どもには毒だとか、早すぎるとかの理由で有害だから。
“エホバの証人は解散一択、18禁どころか完全禁止にすべき。” の続きを読む
『みんなの宗教2世問題』4章「精神医療/カルト問題報道の観点から」。
元エホバの証人2世の横道氏と対談中の精神科医が
「無理に輸血をされた子どもは、穢れた血の子どもという扱いを受けてしまうので、コミュニティ内で生きていけなくなってしまう。勝手に輸血されちゃ困る」
という狂信者のフザけた発言を聞いて
確かに、命さえ救われればいいという話じゃないのかなって、ちょっと立ちどまった
と。いやいや、立ち止まんなよ。命さえ救われればいいんだよ。いちいち狂信者の言を真に受けて相手にするなと。しっかりしてくれよ。
「穢れた血」って何すか?完全にイカレているでしょ。そんな奴は即刻親権停止にすればいい。
輸血されたくらいで「子どもがコミュニティ内で生きていけなくなってしまう」って、エホバの証人はいったいどんな腐ったコミュニティなんだよ。そんなコミュニティとっとと出ろよ。
輸血したらエホバの証人コミュニティから出られるんだから、勝手に輸血されるくらいがちょうどいい救いになる。激ヤバコミュニティから出られるわ、命まで助かるわで、勝手に輸血されたほうが良いことづくめ。
子どもがと言いつつ、自身のコミュニティ内での居場所が無くなるのを怖れているのがエホバの証人のバカ親。子どもにとってはそんなモノ無くなろうが命さえ助かれば良いわけで。
エホバの証人の親は、コミュニティでの生きやすさを優先して、輸血を拒否して子どもを殺そうとする。自らの保身のために子どもを殺す。これがエホバの証人。人類史上に残る極悪非道。
“人類史上に残る極悪非道なエホバの証人、狂信の自由はない。” の続きを読む
『みんなの宗教2世問題』4章「精神医療/カルト問題報道の観点から」。
斎藤環という精神科医と横道誠氏の対談。横道氏はエホバの証人2世なので、発言に違和感はない。しかし、精神科医の斎藤氏の発言が宗教2世問題というかエホバの証人2世問題に対してトンチンカン。素人丸出し。
やはり餅は餅屋というか、蛇の道は蛇。
当事者じゃないと宗教2世問題の根本を理解できない。宗教2世が何十年も放置され、人権を蹂躙されてきたという問題の根本が。命さえ失った者がいるという問題の根本を理解していない。
命まで奪われたエホバの証人2世がいるという悲惨な現実に対し、信教の自由やら宗教のコミュニティとしての価値など比較の対象にすらならない。
“宗教2世問題の根本とは?エホバの証人の異質な体罰” の続きを読む
『みんなの宗教2世問題』3章「識者たちによる宗教2世論」から。
宗教2世は宗教親によって
人間関係が教団内に限られたり、思春期になっても、芽生えた恋心を無理矢理封じ込めたりする
これ、もろエホバの証人。
思春期前のエホバの証人2世の人、思春期になったら信者どもに恋愛を思いっきり妨害されますよ。それまでに何とか脱会しましょう。
人間関係を教団内に限られないように注意。脱会したときに孤独になってしまい、社会に馴染めなくなる。
エホバの証人の間違った価値観や考えかた、教理にしか触れていないと、あたかもそれが真理だと深く錯覚してしまう。こうなると社会生活が困難になり、教団に取り込まれ、生涯搾取されることになる。
現役エホバの証人2世の人は、学校だけでなく、できるだけいろいろな人と接点を持ち、幅広い価値観に触れるようにしよう。今はネット社会なので、玉石混合のSNSをのぞいてみるのも良い。免疫がなかったりリテラシーが足りないあいだは深入り注意で。
いずれにしろ、エホバの証人内の毒にしかならない人間関係よりは断然マシ。
“思春期になったら恋愛を思いっきり妨害されるエホバの証人2世” の続きを読む
『みんなの宗教2世問題』3章「識者たちによる宗教2世論」。
組織的な人権侵害や反社会的行為に及ぶ「カルト」とはいえなくても、親の宗教ゆえに、何らかの生きづらさを抱えて生きている子どもがいれば、それを置き去りにしていいとは思えない。子ども目線で、親の宗教に関わる様々な辛さをすくい上げる点で、「宗教2世」という呼び方に意味がある
エホバの証人は脱会者を忌避したり、輸血拒否を強要して子どもを殺したり、自由を制限して人権を侵害する反社会的カルト。当然、エホバの証人の子どもに対しては何らかの救済が必要。
生きづらさなんていう生やさしいモノでなく、エホバの証人の子どもには生きられない可能性だってある。
私も子どもの頃、輸血拒否をして五分五分の手術に挑まされたことがある。五分五分をサバイバルしたのは単なる偶然。
個人的には、もしも神と呼べるような何らかの存在があるだとして。大人になってエホバの証人を滅ぼすために、その神のようなモノによって、五分五分の手術を切り抜けて生かされたのだと思っている。
“生きづらさどころでなく、生きられない可能性すら抱えるエホバの証人の子ども” の続きを読む
たまたま実家から回収した、ものみの塔発行の『目ざめよ!』1984年12月22日号。同年の別号に用があったので、こいつが手元にあるのはたまたま。クチャクチャにしてゴミ箱に捨てる前に、何かものみの塔の弱みでもないかとパラパラめくって見ると、あるわあるわで・・・
以下、『改心を促した、愛のむち棒』という記事から抜粋。
暴力に対しては背中をたたく
「下山教諭は・・・聖書を開いて『ムチ棒を控える者はその子を憎んでいる』という一節を読んだ」。それから同教諭は、教師は共同戦線を張り、シンナーを吸うこと、喫煙、つばを吐くこと、学校の公共物を破壊することなどの違反に対しては厳しい懲らしめを与えるべきであると提案しました
その結果、生徒が改心したという記事。
当時の日本では
ほとんどの学校では、授業の開始時と終了時に生徒と先生が礼を交わし、めったに行われないとはいえ、厳しい懲らしめ、体罰さえ今なお受け入れられています
と書いていて、1984年の段階でものみの塔は体罰を否定せず、記事全体で不良が更生したのだから、と体罰を肯定している。
「日本のエホバの証人公式ウェブサイト」へメール送付からの電話
“エホバの証人たち、ものみの塔はウソつきだぜ。悪人の道を歩んでて良いんですか?” の続きを読む
立教大学・渋谷秀樹名誉教授の意見書がエホバの証人公式ウェブサイトに掲載の記事に関して、Xで貰ったコメントに返信しようかと思ったんだけど・・・書いてるうちに激してきたのでブログで。
エホバの証人関連で議論すると、通常の議論とは違い、私にとっては相手の意見を変えさせることが目的になる。「エホバの証人を潰さない」という選択肢は、今のところ私にはないので。
だから、私はエホバの証人擁護者以外とは議論したくない。少数派のエホバの証人脱会関連者のなかで対立して、全体の力を低下させても仕方ないから。
今回貰ったコメントは、意見が90度くらい違いそうなんだけど、それも個人の考えというわけで、180度違うわけじゃないんだし、認める自分でありたい。
あと、話がそれるけど、ここ最近で一番もやっとするのが、まだ解けてない人の存在。
エホバの証人というかものみの塔の洗脳やらマインドコントロールと言われるモノが解けてない人。解けきってない脱会者。エホバの証人だったことで、その後の人生に役に立つことなど一切ないの記事でも書いたけど、エホバの証人に一定の価値を認めていたり、組織や信者の存在を容認している脱会者。
ソレ、まだ治ってないから。そんな人たちがさも分かってるふうなこというので、もはやイラッとする。この人たちに至っては160度くらい意見が違う感じなので、やがて対立軸じゃね?と思ったり。
本当にエホバの証人って有害だな、と思う。やめた人にまで悪影響を残している。私にも悪影響が残っていない保証がないので、エホバの証人のほうに消えて貰いたいと日々動いているわけで。
“エホバの証人擁護の伝統的な学問者、役立たずなだけでなくカルトの手先になり下がる” の続きを読む
エホバの証人だったことで役立っているモノに、以下の分類をした。
昨日の記事で1パターン目に触れた。今日は2パターン目。
エホバの証人だったことで役立っていることが、エホバの証人以外でも得られるモノなら?
これは本当に役立っているモノとそうでないモノの2つに分かれる。
まずは本当に役に立つモノ。
たとえば、語学であったり、一生の友人であったり、建築系の技術だったり。現実で本当に役に立っていて、気のせいでなく価値もあるモノ。
しかし、
それはエホバの証人だったから得られたモノではなくて、たまたまエホバの証人の中で得られたモノにすぎない。
エホバの証人に栄光を帰する類のモノではない。それは、自分の存在した場所を有意義にしてきた自分自身の努力の成果。自身の努力のたまもの。エホバの証人なんか褒めずに自分を褒めてあげてください。
昨日の記事の続き。エホバの証人だったことで、その後の人生の役に立つことがあるのか?という話。
私が2世信者だった子どもの頃に言われたのは、私が本が好きなのや、学校の勉強系の成績が良いのはエホバの証人だからということ。小さいころから活字に触れ、教団の宗教本で勉強をしていたからだと。こうエホバの証人だった親に言われてきた。
これはとりあえず全否定したい。本が好きなのは私の息子も同じで、私の息子はエホバの証人とは無関係なので、エホバの証人に依存することではない。
そして、学校の成績が良かったのは私がガリ勉だったから。私の努力によるモノ。エホバの証人とは関係ない。
そう言うと、聖書レッスンや集会で集中力を養ったからガリ勉できたんだ、みたいな展開になるんだが、それも違う。エホバの証人でなくても集中力が養える環境はある。ホンモノの集中力を養える環境がある。
そもそも、子どもの私は聖書レッスンや集会で、集中などしていなかった。
エホバの証人でないと得られない固有のモノなど皆無。多少何らかの益があったとしても、それを上回る有害な影響がある。よって、相対的に見れば、エホバの証人であったがゆえに得られたモノに価値などない。エホバの証人であるがゆえに体験したことやモノは、すべて無価値で有害。
しかし、エホバの証人だったことで役立っていることとして列挙されるモノで、もしもそれがエホバの証人固有のモノがあるとしたら?
あったとしても、それも無意味。それどころか有害。
この考えを証明するために、エホバの証人だったことで役立っていることとして挙げているモノに対し、以下の分類をしたい。
この2パターンで説明したい。
“エホバの証人でしか得られない固有のモノがあるとしたら、それは邪悪” の続きを読む
エホバの証人の中で経験したことで、役にたってることや良いこともあったというのは
かつて詐欺グループに入ってて今は足を洗ったけど、詐欺集団で学んだことが役立っているって言っているようなモノじゃね?
恥ずかしいから、それ黙っといたほうが良いな。
ハルマゲドン詐欺グループ#エホバの証人— 山羊男 (@jw2nd_com) August 25, 2024
このタグをつけ損なったSNSへの投稿なんだけど、そのあと、いろいろ考えることがあって、今日の記事にしてみました。
今日の話は、現段階での持論にすぎないです。かつてエホバの証人だったことで得られたことや価値のあるモノ、役に立っていることがあると決めつけちゃっている人、そういう人は、それが現段階での自分の認識にすぎない、という気持ちで読んで貰えれば。
この件、何となく思うのは脱会者のサバイバー同士で議論したくないということ。
その理由は、人によってエホバの証人からの治癒の段階が違うから。私的には、エホバの証人だったことで役に立っていることがある、なんて言っている人は、まだ治っていない気がしている。エホバという猛毒がもたらす病から癒えていない。
かくいう私自身でさえ、完治しているのか不明なので議論する意味がない。「治っている」「治っていない」「役に立つ」「役に立たない」って、サバイバー同士で言い合っても答えはでないし、今さら傷つけあうことほど不毛なことはない。各人の考え方の違いなのかと思う。
すべてを否定されるべきエホバの証人活動で得たモノなど何の役にも立たない
私の現段階の考えとしては、エホバの証人だったことで、その後の人生に役に立つことなど一切ない。この考え方が正しいのかは分からないし、誰かに押しつけたいとも思わない。
しかし、
かつてエホバの証人だったことでこんなことが今の人生の役に立っている、という物言いを聞くと、強烈に違和感というか嫌悪感を覚えるので、黙っていられないだけ。
むしろ、エホバの証人サバイバーがエホバの証人を肯定する発言こそ黙っていて欲しい。
間違ったカルト宗教のほんの一部でも肯定すべきではないし、エホバの証人を肯定することで、自分自身の失った過去から目を逸らそうとしているようにも思える。
エホバの証人がカルトでない、という人は話にならないので、お引き取りを。そういう人こそ本当にエホバという病が完治していない。
カルトに救われた人なんかいないんだよ。
騙された人しかいない。#エホバの証人— 山羊男 (@jw2nd_com) August 27, 2024
明日に続きます。