王国会館閉鎖のための逆伝道奉仕活動

エホバの証人の王国会館を閉鎖させる逆伝道奉仕活動

最近、空き家となっていた実家整理のため、昔住んでいた田舎へ通っている。

私は両親との三人家族で、両親は私が生まれた頃に熱心なエホバの証人に変貌した。私の子供時代は、エホバの証人2世として厳格にものみの塔協会の教義に沿って育てられることになった。

私は14歳のときに、何とか自分の意思でエホバの証人をやめることが出来た。私が20歳を過ぎて家を出た後、両親も時をずらしてエホバの証人をやめる。このエホバの証人をやめるタイミングがずれたために両親は離婚に至り、私の家族は崩壊。こうして私の実家は現在まで15年も放置されていた。

久しぶりに田舎へ帰ったので、エホバの証人をやめる直前まで通い続けた王国会館を見に行ってみた。今までの私なら絶対にしなかったこと。王国会館に近づくなど危険極まりない行為だし、エホバの証人2世だったことは、忘れ去って封印したい過去。

このブログを書き続けることで、ようやく自分のエホバの証人2世だった過去を見つめることが出来るようになってきた。私にとって書くことは一つの癒しとなっている。

また、ものみの塔協会をこの世から消滅させるために逆伝道活動を行わなければならない。エホバの証人としてカルト被害を被っている人々の解放がこのブログの目的。

パステルカラーの王国会館を、いつまでも拒否感だけで避け続けている訳にもいかない。そのための実地調査で、かつて連行され続けた王国会館を見に行ったのだった。

王国会館から脱出し真実を見つけよう

エホバの証人の王国会館(集会所)の閉鎖

子どもの頃に通い続けた王国会館へ行ってみたのだが何と閉鎖されていた。外観そのままに「移転しました」という張り紙が正面のドアの内側から貼られている。

この王国会館は40kmほど離れた場所へ移転していた。この会衆の信者たちはそこまで週に3回もの集会に通わなければならない。伝道奉仕を行うエリアも大幅に増えたということである。信者たちの苦労はいかほどか。

ものみの塔協会とは、どこまでも無責任な集団だ。この会衆の信者たちは、これをきっかけにエホバの証人をやめればいい。そもそもこの地域は過疎化高齢化して信者もほとんどいなくなり、会衆と王国会館の運営維持に問題が発生していたのだろう。

私は9歳のときに田舎に引っ込む形で引っ越したので、この会衆には5年間通い続けたことになる。その5年間の途中で、この王国会館は建設された。

建設活動に子供ながらに協力していたし、献堂式という王国会館の開館セレモニーが盛大に行われたことを覚えている。その前はだいぶ離れた場所でおんぼろの倉庫のような場所が王国会館だった。

かつて信者たちが熱意を込めて建設した建物をいとも簡単に放棄させるのがものみの塔協会のやり方。エホバの証人たちはものみの塔協会のそういう態度に目を向けるべき。

37歳の私にとっては、10歳付近の数年間連行された王国会館に過ぎない。しかし、これが閉館されているということはある種すっきりした感じでもあった。清々しいとさえ言える。かつての自身の穢れが拭われたとも言える。

日本全国3000か所すべての王国会館の消滅を心から願う。そのためにやるべきこと、出来ることを探し続けるのが私の宿命。

王国会館での熱烈な歓迎はエホバの証人がカルト宗教である証拠


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