カルトに復讐するには・・・幸せはカルトを辞めた先に

今年一番の大事件

昨日の記事で今年を振り返ったりしたのだが、今年2022年最大の話題と言えば、やはり安倍元首相暗殺事件

この事件の容疑者が統一教会の宗教二世であり、似たような立場の私からすると共感する部分もあった。当然、暴力は容認されるべきではないのだが。

容疑者の心情は復讐。家族を崩壊させ自身の人生を狂わせた悪と、その悪と代々結託していた者への憎悪。特に安倍元首相が憎かったわけではなく、ターゲットは教団の指導者層でも良かったとも供述していた。

つまり、巨悪に対する大ダメージを与えることが目的だった。

ともすると、この目的は叶えられたようにも見える。あれだけ世間を(というかマスコミを)騒がせれば、教団のダメージは避けられない。

「テロで目的を叶えさせるな」みたいな、カルト擁護意見も出てくるが、そんな意見は論点がズレている。悪は悪として裁かれるべき。テロの方もカルトの方も。

悪が露見した理由が悪だからという理由で、一方の悪が裁かれない理由にはならない。カルトが今まで放置されていた状態が異常だっただけ。

カルトに復讐するには・・・

容疑者の目的が達成されたのだとしたら、それはそれで恐ろしくもある。暴力で自分の願望が叶えられる世界ということになる。ところが、現実はそんなに甘くない。

世間は早くもあの事件やカルトの存在など忘れようとしているし、忘れてもらいたい人々がカルト内外に存在する。カルト被害者救済の対策も骨抜きにされつつある。

あの事件の容疑者が命をかけた結果がこれ。ひと泡吹かせたけど、結局元の形に収まりかけている。

あれだけの大事件を起こしたのだから、容疑者の狙いは強烈な一撃であり、針の一刺しのようなものではなかった。旧統一教会の解散くらいまで容疑者は望んでいたはず。

塀の中に囚われれば、世間がどうなろうと指をくわえて見ているしかない。「統一教会解散しろ」と叫び声をあげることも出来ない。残念ながら復讐もそこまでということになる。

カルトに復讐するとしたら、やはり粘り強く続ける方法しかない。でっかい花火を打ち上げても一過性のもので、カルトの息の根を止めるには至らない。

そして、自分自身が塀の中でほぼ一生を過ごすという不幸を背負っては何の解決にもならない。不幸だったのがさらに不幸になっただけ。

カルトに対する一番の復讐は・・・

この事件の容疑者も含めて、世界中にいるカルト宗教2世の被害者を私は同志だと思っている。

カルトに復讐する一番の方法は自身が不幸にならないこと。カルトを辞めたおかげで不幸にならなかった。カルトを辞めたおかげで幸せになれたと思えること。

私なんか、エホバの証人辞めたおかげで何とか幸せになったよ。クリスマスにはサンタになって子供たちの枕元にプレゼントを置ける。些細だけどこんな幸せなことはない。エホバの証人には味わえない普通。結局それが一番の幸福だった。オレは今、エホバの証人を辞めたおかげで幸せなんだな。

これを実践しつつ、エホバの証人組織が消え去るよう地道に合法的で非暴力な活動を続けるしかない。毒を以て毒を制すみたいなやり方で自分が毒になると、自分が不幸になっちゃう。

それこそカルトの思う「壺」。信者を搾取して不幸にするだけでなく、脱会者はやはり不幸になったと言い宣伝道具にされる。


“カルトに復讐するには・・・幸せはカルトを辞めた先に” への3件の返信

  1. 「エホバに頼らなくてもなんとかなってるし貧乏すぎた昔より結婚した今が全然幸せなんだよね」ってほんのりアピールします。
    ※年1でLINEする歳下の30前半未婚2世ちゃん

    祈りで思考停止させ社会的な責任を感じないで社会のことは他人事で生活し、ずっとバイトしてるJWには社会的な成功を見せた方が1番のダメージなのかなと思いました。
    相手が幸せそうだと話してて疲れますからね彼女ら。

    別記事で仰ってた通り「費やした時間と想いが無駄であってはならない」が根底にあるので、世の人の成功は虚しいものだからJW以下!って実は見下してるし、そうでもしないと考えるほど恐ろしいだろうからまた祈って私悪くないって死ぬまで思い込んで生きるんでしょうね〜…

  2. 祈りは努力を尽した最後の最後ですよね。

    相手が幸せそうだと話してて疲れるんですね!良いこと聞きました。機会があれば試してみます。

    人間誰でも賭けたモノや賭けて失ったモノが大きいと引き返せなくなるんですが、それは株でもギャンブルでも典型的な負け思考です。スパっと損切りしないとそのまま継続的に失っていきます。
    JWの場合、リアル人生でそれをやっているので、雪だるま式に失うモノが大きくなっていき、ますますのめり込むという悪循環になるんだと思います。

    1. おっしゃる通りだと思います。学生時代祈りに関する講演とか雑誌見聞きするほど「祈りって結局頭の整理してるだけじゃね?」ってご飯以外祈りませんでした。

      約5年後、上京して末期癌の親抱えて寝不足で働いてたときに「乗り越えられない苦難はとか、祈れば必要なものを与えてくれるとか腑抜けた事言うてられんのですわ!祈っても1億円今すぐ振り込まれないじゃないですか!稼ぐのも私が働かんと金入らへんのですわ!それが現実や!」って昼間のスタバで研究の姉妹にブチ切れたのはいい思い出です。

      真面目に宗教やるとバカを見る世界ですよねほんと
      のし上がるのは野心がある人、金がある人、顔がいい人、です笑

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