『良心の危機』著者の決心とは?
『良心の危機』、第11章「決心」より。
著者が、この章でいったい何を「決心」したのかというと、エホバの証人の世界本部をやめること。私としては、エホバの証人をやめて本書のような告発本を書くことかと思っていたので、著者の心情と食い違いが生じていた。
食い違いというか、理解に苦しむというか、マインドコントロール(本書では思い込みと書かれている)下の哀れというか。
組織中枢にいて、そこが間違っていると気付いたら、その組織はもうアウトでしょ。根本から正すか、外に出るかしかない。
著者は、世界本部で全世界の信者の人権を侵害するという悪事に加担するのをやめる決意を固める。その一方でエホバの証人としてはそのまま組織に残るつもり。エホバに祈ることも続けるし、エホバの証人の王国会館にも通い続けると。
エホバなんか存在しないとなぜ気付かぬ?人生をかけて築いた悪習慣からは簡単に抜け出せないということか。
至ってスローペースかつ受け身、しかもマインドコントロール下(本書で言うこところの強烈な思い込みによるエホバの存在肯定)にある著者の決心だが、感心する点もあるにはある。
贅沢三昧、エホバの証人の統治体生活
エホバの証人世界本部の辞意を決心した当時の著者は
57歳で、この年では普通の仕事を探すのも難しい
と書いている。その状況で、信念を貫くために「決心」したというのは感心する。積み上げてきたものや立場に流されなかったのは尊敬に値する。
しかし、世界本部をやめる決心をしたとは言え、自分からやめた訳ではなく追い出されただけなのだが。このまま態度を変えなければ追い出されるだろうという認識はありつつも。それならいっそ激しく行動してからやめろよと思うのだが。
著者は未練が無かったと書いているが、エホバの証人の統治体メンバーはなかなかにリッチな生活ができるようだ。著者は以下のように書いている。
物質面ではすべてが与えられた
協会所有の数あるビルには定期的に空きが出るが、その中から上等の部屋を選べた
休暇も年に六週間程度取れる
この休暇をアメリカ及びカナダ全土どこにでも行ける出張講演、さらには世界中の国々へ行くこともできる地帯訪問と重ねて取るという贅沢も可能
1978年の一年間だけで、私は妻と共に五十回以上飛行機で移動したし、長年にわたって中央アメリカ、南アメリカ、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、中東の各地域を旅した
これは、相当に羨ましいんですが。とはいえ、
旅先でしょうもない宗教講演するのも、哀れにも搾取されているエホバの証人に毎日会わないといけないのも嫌だな。そして、エホバの証人である限り、ダサいし、胸張って歩けないから、どんなに現ナマ積まれてもお断りだな。
やっぱ人間、汗水流してちゃんと働かないと。
こんなこと聖書のどっかに書いてあるだろ。早く気づけよ。
“表面的には羨ましすぎる、エホバの証人の統治体メンバーの豪遊生活” への1件の返信