カルト宗教の家庭が、狂気のモンスターを生む理由とは

子供に宗教を強制するカルト

よく言われるのが、「エホバの証人の親は条件付きの愛しか持っていない」ということ。親に限らず、エホバの証人はエホバの証人しか愛さないように組織のものみの塔側からコントロールされている。

エホバの証人2世=親の宗教を押し付けられた子供。エホバの証人2世のケースで、親の是認を得られるのは、子がエホバの証人であればということになる。それが条件付きの愛。

親に愛されたいと思わない子供はいない。幼い子供であればなおさら。親の保護がないと自身の生存に関わる。生物の本能として親の愛を得ようとする。

その立場の差を利用して子供にカルトを押し付けようとするのだから、エホバの証人の親も、子を洗脳する方向に指導するものみの塔協会も相当にたちが悪い。

宗教を信仰するか否かは子供の自由だというのが、エホバの証人側の意見だろうが、保護者という地位を濫用しての宗教押しつけは、強要以外の何ものでもない。

さらに、私の世代のエホバの証人2世の場合には「懲らしめ」という体罰が横行していた。エホバの証人の組織主導で親たちに子供のお尻を引っぱたかせていた。

痛みに対してはストレートに服従せざるを得ない。動物の調教と同じ。エホバの証人2世の子供たちは宗教の強要という人権侵害に屈せざるを得ない。

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カルト宗教2世の賭け

この迫害に対して、子供の私は耐えた。10才を過ぎた頃から、独立心と自由を求める心が芽生え始めた。どうにも抑えきれなくなった14才の秋。エホバの証人脱会を親に宣言。

これは賭けだった。親の愛が条件付きの愛であるか否か?

両親はエホバの証人でない子の私を愛するのか?私はこの賭けに対して最悪の事態を想定していて、負けた場合は路頭に迷い、そこら辺で野垂れ死にするのだと考えていた。

それでも宗教の束縛から自由になりたいという願いの方が大きかった。

この頃の私はものみの塔の洗脳下にあり、ハルマゲドンというこの世の終わりが目の前だと信じていた。よって野垂れ死に上等、今みたいに40才まで生きることになるとは思いもしなかった。

結果、私の場合は賭けに勝った。親は経済的庇護の下、自由な進路を選ばせてくれ、両親も次第にものみの塔のマインドコントロールから脱していくという結末に。

賭けに負けていた場合は、そこら辺で野垂れ死に。運良く死ななかった場合でも、世間をすねて見たまま現在の年齢40代に至っていた可能性が高い。結末は先日の安倍元総理襲撃の容疑者同様の悲劇に。


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