エホバの証人という架空の癒し

エホバの証人の現実逃避

私が最近自分の息子と接していて感じたことなのだが、人生においてこの瞬間が一期一会なのである。息子がようやく話せるようになりつつある今日は二度と来ない。熱心なエホバの証人だった私の両親には今この瞬間を貴重だと思う感覚が無かった。私が高熱を出しても腕を骨折してもどこか現実味が無かったのである。無論心の底からいたわり心配はしてくれていたのだが、どこかよそ事感があった。

エホバの証人だった私の両親が何事においても臨場感が無かった理由は、ハルマゲドン後の楽園で我々は完全な人間に生まれ変わるという幻想を深く信じていたからである。エホバの証人信者たちが深く洗脳されていくのは不甲斐ない現実と不完全で辛い現在からの逃避を目的としている

今日1日をダラダラと過ごしてしまったのも自分が不完全なせい、楽園で完全な人間に生まれ変わればこんなことがなくなる、大怪我をして体や顔に傷が残っても問題ない、楽園では完全な体に変貌するのでいつかは消える傷である、人間関係に大きな問題が生じかけているけど、相手はこの世の人でハルマゲドンの通過は望めないから問題ない、エホバの証人の会衆内の人間関係にも齟齬が生じているがこれも今積極的に解決せずとも楽園で完全な人間になればいずれ回復するだろう。エホバの証人は目前の問題から逃げてさらなるマインドコントロール状態に陥っていくのである。





イージーなエホバの証人という生き方

現役のエホバの証人信者に言いたい。今この瞬間は二度と来ない。完全で永遠という無限よりも素晴らしいのが限りある現在、リアルで不完全なこの一瞬である。今”は二度と来ない。今この瞬間にベストを尽くさなければならないのだ。

楽園に入るという幻想を抱いてエホバの証人として生きるのはとてもイージーである。エホバの証人組織は信者たちが迫害や試練に立ち向かう厳しい日々を歩んでいると宣伝しているがそんなものは嘘である。現実の問題から逃げて王国会館という避難小屋に逃げ込んでいるだけだ。エホバの証人信者たちはお互いの信仰を褒めあい、傷を舐めあっている。王国会館にあるのは架空の癒しである。

辛くとも今この瞬間、現実の自分を直視しなければ未来は無い。目の前の問題と向き合わなければあなたは家族や友人などとても貴重なものを失うことになる。失った後でハルマゲドンも楽園もものみの塔協会の虚構だったと気付いても手遅れなのだ。


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