エホバの証人総選挙

エホバの証人が投票しない理由

昨日は衆議院総選挙だった。三つ子の魂百までとはよく言ったもので私は投票に行かなかった。私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられ、14歳の時に自分の意思でエホバの証人をやめた。私はただの一度として投票に行ったことがない。エホバの証人はものみの塔協会によって選挙活動全般を禁止されている。白票を投じるなんてことも禁止だ。出馬はもちろんのこと選挙の応援活動も禁止事項である。

私は14歳でエホバの証人をやめて21世紀になるのとほぼ同時に20歳になり選挙権を得た。最近では18歳から投票権があるようだが、私の話はもう一昔前の話である。20歳のときにはエホバの証人をやめて6年も経過していた。選挙に行っても良かったのだが何故か行かなかった。そのまま一度も投票しないまま現在に至る。何故投票しないのか?と聞かれても答えに窮する部分がある。いつも

”忘れていた。出馬するのを”というふざけた返答でごまかしている。





エホバの証人の子供と選挙の苦い記憶

幼い頃からエホバの証人として育てられたことが投票の棄権に関係しているのかといえば答えはノーのような多少は影響しているのかというような曖昧なものになる。14歳でエホバの証人をやめるまでに私は選挙に関連したことでだいぶ嫌な思いをしてきた。

子供なので一般の選挙権はないのだが、エホバの証人2世の子供は学校の児童会や生徒会といった選挙活動も棄権しなければならない子供の冗談にも本気で口をはさむのがものみの塔協会のやり方なのである。子供にとって教育の一環としての模擬選挙なので冗談といっては語弊があるのかも知れない。

私にとっては「清き一票を!」という同級生の子供たちの甲高い叫び声も何らかの悪魔からの呼びかけのように恐ろしく感じたものである。選挙イコール悪とものみの塔協会によって洗脳されていた結果である。

小学校1年生のときから「僕はエホバの証人なので投票は出来ません」と担任の先生に投票棄権の意思を表明しなければならなかった。全員が集まる投票日の体育館で一人ずつが壇上の投票箱に票を投じる。それを棄権し並んでいる列からはずれ一人待っていなければならない。

現実社会では棄権する人の方が多いので子供の仮想社会でも棄権する人がいてもおかしくないのだがそんな一般論が子供の世界では通じない。楽しく投票している同級生を見てもの哀しく、ひとりポツンと取り残された体育館の床の冷たさに体全体で震え寒々とした心細さを感じたものである。

このエホバの証人2世としての記憶が私の毎回投票に行かない理由に直結している訳ではない。単純に興味関心がない。面倒くさい。というのが本音だろう。ただ選挙の日になるとどうしてもエホバの証人2世として子供の頃の擬似選挙を禁止されていた苦い記憶がよみがえるのである。こうしてエホバの証人をやめたあとでも一般生活に悪影響を残すのがものみの塔協会のマインドコントロールの成果なのだ。

 

エホバの証人という潜在的票田

エホバの証人全体がまとめて何らかの政治団体に投票したらどうなるだろうか。日本の伝道者数20万人強である。彼ら全員が伝道活動さながらに熱心に家族や親族、友人や職場の同僚を勧誘したとすると100万人前後の得票に影響を与えることになる。

これは総投票数の2%弱ほどになる。某宗教団体ほどではないにしろわりと大きな影響を及ぼすことになる。ものみの塔協会は手のひらを返すかのように教義を変更するのがお家芸なので、神権的戦術と称して

”今回だけは某党に投票しましょう”なんていうキャンペーンを簡単に始めるだろう。注意して監視していく必要がある。


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