エホバの証人にとっては喜びとなる過酷な環境

田舎社会では悪い意味で目立つエホバの証人の2世

私は小学校4年生になるときに引っ越して転校生になった。両親の田舎に引っ込むような形で引っ越したのである。転校先ではゼロからエホバの証人の2世であるということを先生や同級生に証言しなければならない。

当時の田舎社会には、信仰の自由というものに理解は無かった。現在でもそれはさほど変わっていないはずである。引っ越して来たのだから地元の祭りや行事に参加するのは当然だという空気だった。ただエホバの証人は異教のものであるとして地方古来の祭礼や行事の全てに参加しようとしない。

人口密度の小さな田舎でこれほどの変わり者というのはとても目立つ。すぐに有名人一家となってしまった。学校でも有名な変わり者という扱いを受けることになる。思春期に差し掛かりつつあった私にとってこれは致命的だった





必要の大きな所という過酷な環境

田舎に引っ越したことによって、私は幼いながらに過酷な環境に置かれることになった。しかし、完璧な洗脳状態にあり熱心な信者だった両親にとってそれは喜びであった。

エホバの証人に理解の無い環境で自らの信仰を証言することは、エホバ神が与えて下さった試練であり、そういう理解の少ない場所こそがエホバの証人にとって”必要の大きな所”であると考えているのである

そういう環境で奉仕活動を出来るのを特権であり、喜ぶべきことであると考えていた。マインドコントロール下のエホバの証人は全てものみの塔協会にとって都合の良いように考えるようになっている。ほとんどマゾヒストである。


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