過酷な環境を喜びと捉えるエホバの証人のマゾヒズム

最大限に悪目立ちするエホバの証人の子供

私は生まれながらにしてのエホバの証人2世信者だった。エホバの証人とはキリスト教系の新興宗教で、2世信者とは親の信仰を強制された子供のこと。

米国に本部があるものみの塔聖書冊子協会がエホバの証人の運営母体。この宗教は終末思想を抱き、終末の日に信者以外の全人類が死に絶えると主張している。終末前に信者を増やすために、熱心な布教活動を行うことでよく知られていた。

家に小ぎれいな格好をしてやってきて、「聖書の勉強をしませんか」とか、駅前に立って「あなたの家族の問題を解決する」という立て看板を立てている例の人々。

皮肉なことに、エホバの証人は大概が家族の問題を抱えているし、真剣に勉強しているのは聖書ではなく、ものみの塔発行のマインドコントロール用の書籍群。

1980年代後半。私は小学校4年生になるときに引っ越して転校生になった。両親の田舎に引っ込むような形での引っ越し。

転校先ではゼロからエホバの証人の子供であることを先生に話さなければならない。これは信仰の”証言”と呼ばれ、エホバの証人の子供に強制される試練のひとつ。

当時の田舎社会には、信仰の自由などというものに理解は無かった。現在でもさほど変わっていなさそうだが。

引っ越して来たのだから、地元のお祭りや行事に参加するのは当然という空気。しかし、エホバの証人は異教のものであるとして、地域の古来の祭礼や行事の全てに参加しない。

人口密度の低い田舎で、これほどの変わり者というのはとても目立つ。すぐに有名人一家になってしまった。学校でも変わり者という扱いを受ける。思春期に差し掛かりつつあった私にとって、この変態扱いは致命的な屈辱だった

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エホバの証人の必要の大きな所という過酷な環境

田舎に引っ越したことによって、私は子供ながらに過酷な環境に置かれた。しかし、完璧にものみの塔のマインドコントロール下にある両親にとって、過酷な環境は喜びだった。

エホバの証人に理解の無い環境で自らの信仰を証言することは、エホバ神が与えて下さった試練。そういう理解の少ない場所こそがエホバの証人にとって”必要の大きな所”だと考えていた

そういう環境で布教活動を出来るのが特権であり、喜ぶべきことであると考えていた。マインドコントロール下のエホバの証人はものみの塔にとって都合の良いように考えるようになっている。ほとんどマゾヒスト。

仕事も友人も親戚も何もかもを放り出して、エホバの証人の活動に打ち込む。子供にしてみれば、最低な劣悪環境。


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