反エホバという宗教観による暴走
昨日までの記事で、反エホバは私にとって宗教だと書いた。この反カルト思考はもはやカルト。同じ穴のムジナ。毒を以て毒を制す状態。自分でも危うい妄信・暴走の観もある。
とはいえ、エホバの証人組織=バッドだけはまかり間違えようのない真理。濃淡こそあれ方向性は正しい。
エホバの証人2世の私、かつて10代の頃の自我の芽生えと分裂の危機を救ったのは、この反エホバ思想。反ものみの塔思考が10代後半の私の自我を再統一した。
この固い信念で私は突っ走る。エホバが創造主だろうが何だろうが関係ない。一瞬を、刹那を全力で生きるオレの邪魔をするなと。
ものみの塔の洗脳下にあった私は、終末ハルマゲドンの勃発を信じていたので、刹那具合はさらにマシマシ。20才まで生きられるのかは不明、童貞のまま神に滅ぼされてなるものかとひたすらに励んだ。
元エホバの証人2世の宗教観
そうして、全速力も中だるみになりかけた21世紀初頭。
「残りの者※はまだ全員くたばってないんかいな?」とインターネットで検索。
※エホバの証人教義では、残りの者という上級信者が死に絶えるとハルマゲドンが起こる設定になっている。当時、残りの者の選抜はとっくの昔に終わっており、彼ら全員の寿命が尽きるのも目前とされていた
すると、残りの者の人数はなぜか増えている。ネットからはさらに驚きの事実が。初代ものみの塔協会会長ラッセル君の墓がピラミッド※型モニュメントで残っていると。
※墓やピラミッドはエホバの証人にとってふさわしくないとされている
この瞬間、「あぁ、完全に騙されていたな」と洗脳状態から覚醒。カルトに騙されてテロ起こす奴の思考回路っていったいどうなってるんだと思っていたが、それも解決。
「まさか、自分だけは騙されていない、自分たちだけは大丈夫」というのがカルトにマインドコントロールされている人間の思考。このときまでの自分を含めたエホバの証人がまさにそれ。
一家総出で見事に騙され、結果、家族崩壊。子供のときにエホバの証人としてかいた恥は本当に無意味な罰ゲーム。無垢な人々を騙す巧妙なものみの塔というシステムに無残にハメられた。
洗脳が解除され、ものみの塔に対して、激しい怒り、憎しみが湧いてきた。既に宗教と化していた反エホバが、私の中でさらに強い信仰・信念になった。
ものみの塔が大っ嫌い。ものみの塔は復讐の対象。愚かな弱者を欺き搾取する蛇。巨悪。滅ぼされるべきモノ。巨悪、完全悪であるものみの塔の言っていることは、全て間違い、嘘。これが私の宗教。
もしも神が存在するのなら、その名前はエホバではないし、もしもキリスト教の神が存在するのなら三位一体タイプ。人類は輪廻転生するかも知れないけど、地上でのゾンビ型での復活はない。
証明しようのないことは、全てエホバの証人の逆を行っておけば概ね間違いない。これが私の宗教観であり、信念。
エホバの証人の言っていることでも正しいことはあるって?愛とか親切が大事とか。そんなものが重要だってのは、いちいち宗教で説かなくても小学校の道徳の教科書に書いてある。
そもそも、背教者を追い出すエホバの証人には愛も親切もない。自己愛と身内へのお節介に近い形式上の親切だけ。