現実離れした気に喰わないWikipediaの記述
エホバの証人のWikipediaが、仮想エホバの証人によっておそらく情報操作されているので、正しく直している件。昨日の記事の続き。2021/10頃のことで、だいぶ記憶もあやふやなのだが念のため記録化。
エホバの証人の「主な行動様式」の下記の記述。
親が子どもをしつける際にお尻をたたいていたという児童への体罰を指摘する書籍もあるが、日本基督教団の川島 (2019) はこうした虐待行為は「正統」とされる教会でも繰り返し起こっているから、この団体固有の問題とは言えないと指摘する。
なんか全然気に喰わない記述なんだけど、しばらく目を離しているとこんな状態にされる。
「児童への体罰を指摘する書籍もあるが」じゃなくて、現在でもエホバの証人の公式サイトは体罰推奨してるんだけどね。
追記された“むち棒”の解釈と、その意図
毎日Wikipedia警察するわけにもいかないので、放置になるんだけど、しばらくすると、当時暴れまわっていた仮想エホバの証人がさらに以下のように下線部を追記してきた。
親が子どもをしつける際にお尻をたたいていたという児童への体罰を指摘する書籍もあるが、日本基督教団の川島 (2019) はこうした虐待行為は「正統」とされる教会でも繰り返し起こっているから、この団体固有の問題とは言えないと指摘する。また、エホバの証人の信者向け資料では、「聖書で用いられている「むち棒」という語は,もっぱら体罰を意味するとみなす必要はありません。どんな形を取るにせよ,矯正の手段を意味しているのです。実際,子どもの間違った歩みを正すのに,言葉だけで十分な場合も多々あります」と載せている。
多分、聖書の「むち棒」は体罰じゃないから、エホバの証人は児童虐待をしていない、としたいための記載なんだろうけど、これが、エホバの証人は体罰を禁じていないという確たる証拠だね。
読解力大会
いかなる体罰も児童虐待なんだけど、そこら辺この仮想エホバの証人はどう自分の中で折り合いつけるのかしら?
- もっぱら体罰を意味しない
- どんな形を取るにせよ矯正の手段を意味する
- 子どもを正すのに、言葉だけで十分な場合も多い
エホバの証人的読解だと、これで「エホバの証人は体罰をしていない。児童虐待していないー」となるのかも知れないけど、そんなことないからな。
- もっぱら体罰を意味しない
→体罰を意味することもある - どんな形を取るにせよ矯正の手段を意味する
→体罰の形を取ることもある - 子どもを正すのに、言葉だけで十分な場合も多い
→言葉だけでは足らず、体罰が必よ要な場合もある
普通の読解力があると、上記の認識になる。
いかなる体罰も児童虐待であるに関わらず、エホバの証人は体罰を禁止せず、容認している。現代の基準に照らせば、エホバの証人が体罰を明確に禁止していないことは、重大な問題と言わざるを得ない。


