創価学会とは・・・
今回は創価学会について。畑違いだけど。問題の本質はエホバの証人も似たようなモノなので。週刊東洋経済2023/6/10号より。
本号では、幅広く宗教特集が組まれているのだが、新宗教についても触れられている。まずは、創価学会について。
現在の創価学会は、法要や修行といった宗教的な事柄よりも、公明党の応援に組織リソースの多くをつぎ込む、宗教団体というよりも選挙マシンと呼んだほうが的確な組織
現在の創価学会とは、選挙を一種の「お祭り」に見立て、神社仏閣がお祭りに信者を呼んで熱狂させるように選挙活動をさせ、公明党の勝利に酔わせるという「宗教行為」をしている団体
創価学会と公明党は、単に国をかき回しているだけ。宗教も政見も関係なく、選挙に「勝利」することだけを目的とし、生き延びている。
全体目的が腐っているモノの一部がよかろうが、悪は悪
創価学会の2世信者も登場して発言している。
私は創価学会や信仰を否定しているわけではない。救われた人もいますから。だからこそ、純粋な学会員さんが会内で傷つくのは心が痛む
あちゃーっていう2世発言。たまにこういう人がいる。
自身のバックボーンを全否定できない、純粋な信者個人を信仰や教団と同一視しちゃう、教団に対して支払ったモノが大きすぎて現実を見つめられない、といった状態。
いずれにせよ、まだ被害下にあり、下手に発言力を持つなら、被害を撒き散らす存在に近い。「創価学会は悪いところばかりではない」という発言は、現役信者たちの逃げ道になり、脱会を阻むモノとなる。
創価学会の信仰は選挙マシンとして国をかき回すことなので、当然否定されるべき。聖教新聞を無駄に何部も契約し金集めをすることは、肯定されるべき事柄ではない。悪いモノは悪いと言ってやらねばならない。
目的が腐っている組織に属し続けることは、本人にとって害でしかない。
宗教の救いとは・・・
創価学会で「救われた人もいる」と発言しているが、創価学会の救いは選挙で誰かを勝たせることなのか?違うはずだ。
宿命が転換したり、現世利益を得られることが究極の救いなのだとしたら、宿命の転換など分かりようがないので、救われた信者などいない。何らかの現世利益を得ることが救いなのだとしても、それは宗教のおかげではない。自身の努力の成果。それを宗教のおかげだと思っている時点で、自己の努力を自分で認められない状態。それが救われているとは言いがたい。
あとは宗教活動という名の選挙活動に生きがいを見いだしたとか?落ち込んでいたのが、元気に活動できるようになった。居場所もでき、仲間もできて救われたと。その救いになった活動や場所は、国政をかき回すだけのモノですよ。
そんなモノに救われるのが、本質的な救いとは決して言えない。
“『週刊東洋経済 2023年6/10号 宗教 消滅危機』より” への1件の返信