性的抑圧により性欲を腐らせるエホバの証人(JW)

性行為まで規定されるエホバの証人

昨日の記事に続き『1984年』。

「1984年」の世界で面白いのが党員に強制されている性生活がエホバの証人そっくりだということ。エホバの証人のギャグのような性に関する規定がそのまま「1984年」の世界では党員の性生活の規定となっている。

市民は「良セックス」が何を意味するか-即ち、それが夫婦間の正常な性行為であり、しかも、子どもを作ることだけを目的とし、女性側の肉体的な快感を伴わないものを意味すること-を承知していた

エホバの証人もほぼ同じ、「良セックス」を規定されている。夫婦間以外の性行為はNG。過度に快感を求めない。行える体位の規定までされている。

おバカですか?こんなことしてたら子孫絶滅するよ。生殖活動なんて疲れて面倒くさいので誰もやりたがらない。だから快感とセットになっている。それを否定すると子孫が先細るか、エホバの証人のように抑圧に対する反動で不健康な方に走るか。エホバの証人内部が児童性虐待の温床になっていることがそれを物語っている。

『一九八四年』~塔から与えられればどんなに愚かしいことでもそのまま信じられるJW

性的にも救いとならないエホバの証人という宗教

『1984年』の中で党の規定に反抗しようとする人物が登場する。

こちらは楽しく過ごしたいと思う。-一方”かれら“つまり党は、そうさせまいとする-だからこちらは最善を尽くして党の決めた規則を破ろうとする

私も、脱塔後は最善を尽して(ものみの)塔の決めた規則、規範、精神性を破ろうとした。本当はそんな必要はなくて、塔から物理的にはいとも簡単に出られる現代人は、出さえすれば塔の束縛からは完全に自由。塔の基準など一切気にする必要はない。

性的不自由はヒステリーを引き起こすのであり、ヒステリーは戦争熱と指導者崇拝へと変換できるがゆえに望ましい

エホバの証人の精神的不安定は、元々の本人の性質でなくものみの塔の抑圧による。それを爆発させるのが、世界の終末ハルマゲドンへの待望と狂信的なものみの塔崇拝。

セックスをすると、エネルギーを最後まで使い切るわ。その後は幸せな気分になって、すべてがどうでもよくなる。連中はそうした気分にさせたくないの。どんなときでもエネルギーではちきれんばかりの状態にしておきたいわけ。あちこちデモ行進したり、歓呼の声を上げたり、旗を振ったりするのはすべて、腐った性欲の現れそのもの

エホバの証人の腐った性欲の発散の場は、児童への性的虐待だったり、家庭内暴力、そして不毛で有害な宗教活動への昇華。救いのない宗教。

エホバの証人2世として性的にも抑圧されていた私にとって、エホバというカルトよりは風俗店とか奔放な彼女とかの方がよほど救いだった。


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