エホバの証人の実質的輸血解禁!?
本日未明の情報でエホバの証人の輸血解禁とのこと。公式発表は英語だけで、日本国内の信者には伝わっていない模様。
少しややこしいのだけど、今までは血液の分画の主成分(赤血球や白血球、血漿など)は禁止で、そのまた分画はOKだった。多分。ホントどうでもいいことなので、詳しくは調べていないが。
今回、血液主成分の分画も解禁になったとのこと。
それで、どうやら輸血というのは血液をそのまま注入するわけではなく、主成分の分画を注入することを現代の医療では輸血と言うらしく。
というわけで、エホバの証人の命を奪い続けてきた輸血拒否教理が、実質的に解禁されたということになる。
輸血解禁を受けて・・・
エホバの証人の実質的輸血解禁を受けて、やっぱりとことんアホな宗教やなぁと。私の感想はこの程度。
私自身を含め、周囲で無意味に命をかけていた両親を含む連中が、当時抱いていたであろう複雑な心情のことで、現在の私の感情が揺れることは一切なく、怒りも悲しみもどんな感情もわかず、ホントにどうでもいい。
元から激しくダサくて自分の恥部だったエホバの証人と言う宗教が、さらにダサくなっただけ。
吹けば飛ぶような命の軽さ認識
あと、現役の信者が無意味に死ぬことがなくなって良かった、とか米国との輸血解禁発表の時差で死んだらどうすんの?とかも実はどうでもいい。
エホバの証人とは、もともと自分の頭で決断判断できない、どうせ死んでいるも同然な連中だし、この宗教のせいで私に培われた吹けば飛ぶような命の軽さの認識のせいなのかも知れない。
何といっても私自身も輸血拒否で五分五分の手術に挑んだ激ダサ野郎だからね。
命なんて、アホなダサい宗教や下らん矜持やちょっとした不運で飛ぶようなモノだと知っている。
所詮そんな命なんだから、現役の連中が延命しようが時差で死のうがホントにどうでもよくて、だから輸血が解禁されたとて、心揺さぶられるところは全くない。
でも、そんな軽い命だからこそ、「今」が死ぬほど大事なんだけど、カルト信者はその「今」すら搾取されている。
死なないカルトはカルトじゃない?
あと、もはや他人なんだよね。エホバの証人という宗教自体も、その信者連中も。
だからこそ私は本気で潰しにいこうと思っているわけで。
今回の実質的輸血解禁を受けて、輸血を拒否って安易に死んじゃったり、信者ったせいで投獄されることもないこの国では、エホバの証人は”死なない宗教”になったわけだが、
死なないカルトはカルトじゃないのか?
否。
カルトの定義からすると、エホバの証人はカルトど真ん中で、人々の人生を搾取する有害なモノである事実は変わらない。どんなにゆるふわで、歌って踊る阿呆な宗教になろうと、全身全霊で阿呆になることを要求してくる以上カルト。(献身とか”全き専心”といったアホな概念は、結局なくならないよね?)
そして、輸血解禁も私にとっては想定内。ものみの塔が決定的に潰れるまで見逃さないよ。


