エホバの証人とテレビ放送

エホバの証人の組織への忠誠度の測り方

私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。私の家庭で一番優先されるのはものみの塔協会の教義だった。家の中でも家庭聖書研究と称してものみの塔協会の出版物を使った洗脳教育が行われていた。出版物の本文を朗読して決まった質問が父親か母親から出される。たった今朗読した狭い範囲の中から答えを探し出して解答する。この反復学習により深いマインドコントロール状態へとエホバの証人は陥っていくのである。

この家庭聖書研究が終わるとようやく家の中で遊ぶことが許される。私は一人っ子だったので両親に遊んでもらうか一人で遊ぶかのどちらかであった。私の家にはテレビゲームは無かった。エホバの証人の家庭によってものみの塔協会の教義に対する厳格さや忠誠度が異なるのでテレビゲームが許されているエホバの証人2世の子供もいた。私にとってそれは羨ましい限りだった。

私の家にはテレビすら置かれない時期もあった。両親はテレビから流れる情報は全て悪魔サタンが流している有害な情報だと信じていたからだ。それほどに両親は深い洗脳状態にある熱心なエホバの証人だった。とはいえテレビが置いてあった時期もあった。

しかし1日に見ることの出来る時間は30分とか1時間とガチガチに決められてはいた。しかもNHKだけしか映らないように設定されていることもあった。また見たい番組は事前に両親の承認を得なければならなかった。許しが出た番組でも一緒に見ていて途中でエホバの証人にとってふさわしくない”シーンがあるとテレビを消されるのだった。

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エホバの証人である親との関係

ものみの塔協会から解放されたことによる興奮状態

私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。14歳になる年に自分の意志でエホバの証人をやめる。両親は熱心なエホバの証人だったので私が王国会館に行かないと言い出したことに相当に動揺していた。

その後の両親はいつか私がエホバの証人組織に戻って来ると信じることで何とか正常な精神状態を保っていた。相当の覚悟でエホバの証人をやめると決心したので戻るなんてことは私にとって有り得えないことだった。しかし両親はものみの塔協会が真理を語る組織であると信じ切っている深いマインドコントロール状態にあった。真理に気づいた私がいつかエホバの証人組織に戻って来るという発想になるのである。

私はエホバの証人をやめた後は一種の興奮状態になった。あんなにも堅苦しく縛られていたもの一切から自由になったのだ。集会にも伝道には行かなくていい。家で家庭聖書研究や集会の予習をしなくていい。時間が有り余っているように感じられた。禁止されていたテレビ番組好きなだけ見ることが出来る。学校の行事にも何でも参加できるので不要なストレスを学校生活で感じることもない。異性と交際することも出来る。

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音痴なエホバの証人2世

運動音痴なエホバの証人2

私はエホバの証人2世として物心ついた頃から育てられた。毎日のように母親に連れられてものみの塔協会の伝道奉仕活動に出かけていた。そのため幼稚園や保育園といった幼児教育を受けていない。ものみの塔協会的にはそんなものは必要がないというスタンスである。王国会館に連れて行くことや家庭での聖書研究が何よりの情操教育になるのだというのがエホバの証人の親たちの言い分である。

私は運動が苦手でリズム感が無く絵も下手だった。両親いわく幼稚園だか保育園で幼い頃にそういった練習をしていないからだろうということだった。その代わりに本を読むことや文章を書いたりするのは得意で、小学校でも体育や音楽、図工以外の成績は優秀だった。

小学校の主要科目での私の成績が良いのは子供の頃からものみの塔協会の出版物に慣れ親しんでいるせいだと両親は常々自慢していた。運動が出来なくて音痴でも構わない。そんなものはエホバの証人として楽園に入るのに必要が無いというのが両親の意見だった。

父親は高校時代にインターハイに出るほど運動神経が良かったのに私にはその血は受け継がれていなかったようである。また全く運動やお遊戯をしなかった幼児期の影響も大きい。好きこそ物の上手なれと言うが出来ないものを好きになるのはとても難しい。プールの水泳で50mのノルマの距離を泳げるようになったのもクラスで最も遅い部類だった。

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エホバの証人2世の危険な遊び

エホバの証人2世の危険な遊び

まだ私の両親がエホバの証人の研究生だった頃の話である。私の父親の聖書研究を担当していたエホバの証人の家庭とは家族ぐるみの付き合いになっていた。その家族は全員がエホバの証人という神権家族だった。ちょうど私と同じくらいの年齢の子供もいて父親が聖書研究をしている間、私はその子供と一緒に待っていたのである。

その子は阿部君という名前で、不確かな記憶ではあるが父親の聖書研究の間、私も阿部君にエホバの証人の教義を教えられていたような気がする。後に私もその阿部君の立場になったことがある。父親が”開拓”した研究生の家族の子供にものみの塔協会の教義を教える聖書研究の真似事をしていたのだ。子供が子供にカルトを仕込む何とも危険な遊びである。

阿部君は驚くほど穏やかで礼儀正しい子供だった。

「僕はエホバの証人2世ですから」という綺麗な言葉使いは同年代の近所の子供からは聞いたことがない代物だった。

「一緒にこの本を読んでお父さんを待っていましょうね」などと大人のような話し方をするのである。小学校に入る前の通常は泥だらけになって走り回っているような子供がこんな感じなのである。おそらく2人で読んでいた本はものみの塔協会が子供向けに発行していた黄色い本である。ものみの塔協会の新世界訳聖書の内容を子供向けに絵本感覚にしたものだ。

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エホバの証人の性教育

あなたは大丈夫でしょ

エホバの証人は伝道活動で一般の人を開拓する。開拓された人はエホバの証人の研究生となり伝道者にカルトへの道を導かれることになる。この研究生とエホバの証人の伝道者が異性だった場合は同性の伝道者へその後の聖書研究が引き継がれることになる。

聖書研究となると家に上がり込んで、長時間2人きりになるのでこれは当然のことである。そもそもエホバの証人の2世ともなると性に対する興味は著しく高く、そして極限まで抑圧されている。エホバの証人の2世は非常に誘惑に弱いのである。ある意味ではこれはエホバの証人組織としての自衛行為であると言うことができる。

ものみの塔協会は貞節についても口うるさく信者を指導している。これも欲望に弱い信者への自衛行為である。異性の車の助手席に乗るな、密室で2人きりになるなと言われるのである。ただほぼそんな心配のない見た目のよろしくない信者や年配の信者までもがそういったことを遵守しようとしているのは何とも滑稽な姿である。

周囲のエホバの証人信者はそんな思わずつっこみたくなる事象に対しても真面目に振舞う。異性の信者を見て心中でもあの人と間違いを起こすなんてありえないと思うことすらないのである。性欲が溜まりまくっているから”あり”なのかどうかは不明だが、結局はそのように貞節を守ろうとする人は立派な信者だと評価するのである。これが何でも物事を一義的にとらえるエホバの証人のつまらなさである。

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母親によるジャッジメント

エホバの証人の子供がゲームを禁止される理由

私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。14歳のときに自分の意思でエホバの証人をやめたのだが、それまではゲーム機などを与えられることも無かった。友達の家でゲームをするというのもほぼ禁止されていた。ゲームというとだいたいが攻撃的な要素を含んでいるからである。ものみの塔協会は聖書にある

“彼らはもはや戦いを学ばない”

という記述をきっちりそのままに信者のエホバの証人に守らせている。エホバの証人は学校での格闘技の授業は禁止され、徴兵も拒否するのである。

テレビゲームの場合ほとんどが敵を倒すという目的を持つものになる。もろに格闘ゲームの場合はエホバの証人的に完全にNGである。ロールプレイングゲームでもほとんどが敵が出てくるので私の家では禁止だった。この辺はものみの塔協会の教義をどれだけ厳格に適用するか家庭によって分かれるところだった。

戦国シュミレーションだったりするとOKの家庭もあるのだが、厳しかった私の家庭ではそもそもが戦(いくさ)を題材としているのでNGだった。歴史という視点で見てくれれば良いものなのだが、そうはいかなかったのである。パズルゲームでもステージの合間に敵を倒すようなあくまでも”おまけ”的なシーンがあっても駄目だと言われる始末である。

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こらしめ執行人

叩かれる回数の宣告

小学校に入る前の私は母親のものみの塔協会の伝道活動に常に連れ回されていた。週に何度かは聖書研究と称して母親が開拓中の研究生の家へ連れて行かれていた。もはやこうなると子供はものみの塔協会の広告塔である。

小学校に入る前の遊びたい盛りの幼児が聖書研究の間大人しく座って話を聞いているのである。何て素晴らしい宗教なのでしょうと浅はかな研究生に思わせるのである。これが私にとっては非常に苦痛だった。

この聖書研究の間、大人しく座っていないと待っているのは帰宅後のこらしめである。こらしめは単なる体罰でお尻をベルトやプラスチックのよくしなる硬い定規などでしこたま叩かれるのだ。これも1発や2発ではない。泣き出してもうしません”と言い出すほどの回数を刑の執行前に宣告されるのだった。

 

異常なエホバの証人の家庭

ときには夕方を待って帰宅した父親がこらしめの執行人となることもあった。この場合は母親によって重罪と判定されたときである。強烈な暴力が父親の帰宅後に待っているのである。子供の私は家から逃げ出してしまいたい思いに駆られていた。何とかお利口にして母親が父親に言いつけるのを許して貰うとか減刑されることに手を尽くすのだがそんなことは1度たりともなかった。エホバの証人の親はこの愛の鞭に手心を加えることが絶対に子供のためにならないとものみの塔協会によって洗脳されているのである。

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エホバの証人の研究生の洗脳方法

ものみの塔協会の洗脳の方法

エホバの証人の研究生は自宅で聖書研究と称してものみの塔協会の出版物の勉強をさせられる。伝道者クラス以上の人が自分の発掘した研究生に対して教団の出版物を使ってものみの塔協会の教義を教えるのである。

これは聖書研究というよりものみの塔協会の出版物研究と言った方が良い。エホバの証人の自称聖書研究では聖書はたまに開いてみるだけなのである。あとはひたすらものみの塔協会の出版物を段落ごとに朗読する。その後で決められた質問が司会者から出され研究生が朗読された範囲の中から答える。

読んだ範囲外からや自分の言葉などで答えると司会者に訂正される。これの反復である。ものみの塔協会の出版物の中から決まった答えを選び出す。これをひたすら繰り返すのである。これがものみの塔協会の洗脳の方法である。

こうしてエホバの証人の研究生は自身の意思や意見を持てず、自分の頭で考えるということが出来なくなっていく。自分の意見を言う度に訂正されるからである。また司会者の想定通りの答えをすれば良く出来たと褒められ楽園に入れますと餌を与えられる。この繰り返しが熟練したエホバの証人ほど慣れている。まるでロボットのように忍耐強く相手を洗脳していく。そもそも熟練したエホバの証人ほど本人が深い洗脳状態にあるのである。

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争いごとの好きなエホバの証人

エホバの証人2世という偶像

ものみの塔協会は自身が使用している新世界訳聖書の

“彼らはもはや戦いを学ばない”

という一節を信者のエホバの証人に文字通りに厳格に適用させている。そのためエホバの証人たちは兵役を拒否学校の武道の授業も拒否するのである。

世間でも有名になった日本のエホバの証人2世の事件がある。高等専門学校に通う数人のエホバの証人2世が剣道の授業の受講を拒否したのである。実際には全く授業に参加しなかった訳ではなく見学してレポートを出した。しかし結局は単位を貰えず進級出来ないという事態に陥る。中にはそのまま退学することになったエホバの証人2世もいた。

そのエホバの証人2世は自らの信仰を守るために学歴を投げ打ったということで教団内では聖人扱いされ伝説のようになっている。この神戸高専剣道実技拒否事件は最高裁に至るまでの裁判沙汰になった。ものみの塔協会は彼らの信仰心の篤さを組織の内部に宣伝し、試練に耐えて信仰を守り抜いた素晴らしいエホバの証人2世という偶像を造り上げたのである。

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暴力的な神エホバ

お化けのQ太郎の視聴が禁止される理由

エホバの証人2世はちょっとでもお化けや幽霊が出てくるようなテレビ番組を見ることは禁止されている。極端に悪霊的で邪悪なものはあまりにも小さい子供や精神薄弱な人には悪影響を与えることがある。R指定がされているような映画である。しかしコミカルなお化けが出てくるような映画に関しては問題ないだろう。それが即座に少年犯罪につながることはない。ただそんな些細な所から発展して邪悪な道に染まっていくのだというのがものみの塔協会の教義である。そこまでして子供を縛り付けるということの悪影響にエホバの証人の親は気付くことはない。これが深いマインドコントロールの成果なのである。

ものみの塔協会の教義では寸分違わずサタンに騙されてはいけない、欺かれてはいけないということになっている。そのために些細なことでもエホバの証人の教義を厳守しなければならなくなっている。エホバの証人の教義の細かさと厳格さはものみの塔協会自らの教義で信者を欺き騙しているということの結果である。

信者が自由に振る舞い”この世”の情報に触れることで簡単にものみの塔協会の教義の矛盾に気付くようになる。ものみの塔協会は何から何までを固く縛り付け厳しい情報統制を敷くことで信者の知識や思考力を制限している。厳格な教義はものみの塔協会の不義の裏返しという皮肉である。

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