エホバの証人という架空の癒し

エホバの証人の現実逃避

私が最近自分の息子と接していて感じたことなのだが、人生においてこの瞬間が一期一会なのである。息子がようやく話せるようになりつつある今日は二度と来ない。熱心なエホバの証人だった私の両親には今この瞬間を貴重だと思う感覚が無かった。私が高熱を出しても腕を骨折してもどこか現実味が無かったのである。無論心の底からいたわり心配はしてくれていたのだが、どこかよそ事感があった。

エホバの証人だった私の両親が何事においても臨場感が無かった理由は、ハルマゲドン後の楽園で我々は完全な人間に生まれ変わるという幻想を深く信じていたからである。エホバの証人信者たちが深く洗脳されていくのは不甲斐ない現実と不完全で辛い現在からの逃避を目的としている

今日1日をダラダラと過ごしてしまったのも自分が不完全なせい、楽園で完全な人間に生まれ変わればこんなことがなくなる、大怪我をして体や顔に傷が残っても問題ない、楽園では完全な体に変貌するのでいつかは消える傷である、人間関係に大きな問題が生じかけているけど、相手はこの世の人でハルマゲドンの通過は望めないから問題ない、エホバの証人の会衆内の人間関係にも齟齬が生じているがこれも今積極的に解決せずとも楽園で完全な人間になればいずれ回復するだろう。エホバの証人は目前の問題から逃げてさらなるマインドコントロール状態に陥っていくのである。

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遅効性のエホバという毒

消滅するエホバの証人の人間関係

私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。両親はともに熱心なエホバの証人で9歳のときに田舎に家族で引っ越すことになる。私は田舎の中学校に通うことになったのだが同学年にエホバの証人2世が私を含めて3人いた。我々エホバの証人2世3人はものみの塔協会が禁止している学校の行事などには参加しないというスタンスで足並みを揃えていた。

しかし私は中学2年生のときに自分の意志でエホバの証人をやめる。私がエホバの証人をやめたことで他のエホバの証人2世の2人との交流は無くなった。もともとお互いにエホバの証人2世だったという理由でつながっていただけの関係である。誰かがエホバの証人組織をやめればその関係は消滅するのである。

エホバの証人をやめることでエホバの証人組織の人間関係はほぼ全て失われる。むしろエホバの証人をやめる側の当時の私からすれば、気味の悪い新興宗教団体に属している人間との接触は避けたいのである。またエホバの証人組織の人間に関わると自分のエホバの証人2世として育てられたという暗い過去を思い出すことになる。

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エホバという猛毒

辛く悲しいエホバの証人の神権家族

私は生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。私の家庭はいわゆる神権家族だった。神権家族というのはエホバの証人組織の中での呼びかたである。両親ともにバプテスマを受けて兄弟姉妹と言われていて、子供たちも当然のように信教の自由を保障されることなくエホバの証人2世として育てられている家庭である。

片親だけがバプテスマを受けていてその子供である2世もバプテスマを受けていても、もう片方の親が未信者である場合は神権家族には該当しない。神権家族であり父親が長老だったので私は会衆内での立場も子供ながらに優遇され一目置かれていた。しかしその当時にはそういう意識はなかった。

中学生になったときに神権家族でない同級生のエホバの証人2世が先にバプテスマを受けた。私の両親は口には出さなかったものの私にも早くバプテスマを受けてものみの塔協会に献身して欲しいという思いがあった。その同級生の親のことを羨んでいた。しかし私はこの頃には既にいかにして早くエホバの証人をやめるかということを考えていたので全くプレッシャーなどは感じなかった。しかし親の期待や希望に沿えないということが10代中盤の私にとっては辛く悲しいことだった。

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エホバの証人2世のできなかったこと

エホバの証人2世の幼なじみ

私はほとんど生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。幼稚園や保育園といった幼児教育は一切受けず幼い頃から母親によってものみの塔協会の勧誘活動に連れ回される日々だった。幼なじみと言えば同じ境遇のエホバの証人2世だけである。その中でも一番仲の良かったのはジュン君というエホバの証人2世の子供だった。

私は小学校4年生のときに田舎に引っ越しているのでエホバの証人2世の幼なじみもいなくなってしまった。しかし引っ越した後でも同じエホバの証人組織に属していたのでジュン君を始めとする以前のエホバの証人の会衆の近況は何となく伝わってきていた。そして時が経過し私は14歳になる年に自分の意志でエホバの証人をやめる。ジュン君も同じような時期にエホバの証人をやめたようである。

ジュン君と私の2人で協力してエホバの証人組織を抜ける相談をして手はずを整えるという選択肢もあった。しかしそのタッグを組むには我々は物理的に距離が離れ過ぎていた。私の家庭は両親がともにものみの塔協会に献身していて父親は会衆内でも長老という重要なポジションに着いていた。母親も熱心な正規開拓奉仕者だった。対してジュン君の家は父親がエホバの証人に対しては協力的ではあるもののバプテスマまでは受けていないという状態で家庭環境も異なっていた。

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エホバの証人の父親の暴力

エホバの証人の父親の暴力

私はほとんど生まれながらにしてエホバの証人2世だった。両親ともに熱心なエホバの証人で子供の頃から厳格なものみの塔協会の教義を押し付けられて成長した。父親はエホバの証人の会衆の長老だったが私は何度か物を投げつけられたことがあった。小学生の高学年から中学生2年生で私がエホバの証人をやめるまでの頃の話である。

まさか本当にぶつけようとして投げつけてきた訳ではないのだろうが私の顔のすぐ真横をかすめていった固い物体が部屋の壁に大きな穴を開けたことがあった。私が避けずにいれば怪我は免れなかった。原因は私が父親の言うことに反抗したからである。

まずエホバの証人とは関係ないところで行われる行事に参加したいと私が言い出す。学校の行事以外で地区の子供会などで行われるキャンプや日帰り旅行などである。それを父親はダメだと言う。

私もまさか地元の祭りに参加したいなどとは言い出さない。他宗教の行事であるため祭礼への参加や神社への参拝などはエホバの証人にとっては禁止事項であるからだ。私が小学校に入る前のことである。同じアパートに住んでいた同じ年頃のトシ君が青い祭りのハッピを着て私をお祭りの屋台に誘いに来る。私が家を出ようとすると祭りの屋台に行くと知った母親が「絶対にダメ」だと言い出す。泣く泣くトシくんに行けないと告げ自宅でしょぼんとしていたものである。

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ハルマゲドン延長します

結局は自分で選択できないエホバの証人2

エホバの証人の親は2世信者の子供が自ら選んだ選択肢について無条件で同意することは絶対にない。子供の意思よりもまずはエホバの目からみてかなっているか、正しくはものみの塔協会の教義に沿っているかということを第一優先にする。

私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられたため、幼児期から少年期の私の希望が叶うことはほとんどなかった。14歳になる年に自分の意志でエホバの証人をやめた私にその反動が来る。私はあらゆるものに興味を示し試していくことになる。

主にものみの塔協会の教義で禁止されているようなことである。自分のやりたいことややるべきことを取捨選択することがエホバの証人をやめたばかりの私には出来なかった。今まで何も得られなかった分、全てが必要なことだと思えた。

しかしものみの塔協会の洗脳が解けた訳ではなかったのでハルマゲドンはいつか勃発すると信じ込まされていた。その終わりの日に滅ぼされるので私は寿命を全うすることが出来ない。限られた生の中で全てのことをやってみる必要があった。

酒、タバコ、ギャンブル、セックス、車、あらゆる快楽に手を出した。そういう日常の快楽に忙しくしているために未だエホバの証人組織と微妙な関係を保っていた両親のことを顧みる余裕が私にはなかった。本当に自分の望むことをおろそかにしていたのが私の10代後半から20代の前半のことである。これではエホバの証人2世としてものみの塔協会の支配下にあった幼少期と同じである。

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エホバの証人2世の晴れやかな夜

集会に行かないと告げた夜

私はほぼ生まれたときからエホバの証人2世として育てられた。14歳で自分の意志でエホバの証人をやめた。エホバの証人をやめるという決意は出来ていたのだがなかなか両親には言い出せなかった。

父親は会衆の長老で母親は正規開拓者で両親ともに熱心なエホバの証人だった。私はエホバの証人をやめるということは両親の愛情を裏切ることであるような気がしてならなかったのである。長い間、悶々としてようやく両親に切り出すことが出来た。

夜の集会に行く時間になり両親から集会に行くよと言われたときに

「集会にはもう行かない」と告げたのである。エホバの証人をやめるとははっきりと言えなかった。集会に行かないと言った時も自分の部屋から出ずにベッドに寝て顔を伏せたままというレベルである。この行為は両親に対しての酷い裏切りであるという意識がこの頃の私にとって強かった。

しかしこの晩の両親が集会に行っている間の気分のなんと晴れやかだったことか。これからは自分の時間を自分の思うように使うことが出来る。禁止されている学校の行事に参加出来ず恥ずかしい思いや嫌な思いをすることもない。女の子と付き合ったり友達の家のクリスマスパーティーに参加したりすることも出来る。

やっと両親にエホバの証人をやめるという話を切り出すことが出来た。これを言い出せずに長い間悩んでいたのでほっとした思いもあった。この後は頑としてエホバの証人としての活動を拒むだけである。

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エホバの証人2世が繋ぎ止める家族の絆

簡単には解けないものみの塔協会の洗脳

私は物心ついた頃からエホバの証人2世として育てられた。14歳になる年に自分の意志でエホバの証人をやめる。そして20歳で就職し家を出て独立した。この頃の私は自分の我が世の春を謳歌するのに必死だった。幼い頃からものみの塔協会の堅苦しい教義によって多くのことを禁止され自由を制限されてきたことへ反動である。

いかにエホバらしくないか、いかに反ものみの塔的であるか、そういう生き方、行動、選択をしなければならないという強迫観念に縛られていた。それでもこの時期の私は来たるハルマゲドンに怯えていた。急場には思わずエホバに祈ってしまうという洗脳状態にあった。交通事故で死にかけたときなど命の危険が迫ると思わず心中でエホバに祈ってしまうのである。

それでも絶対に私はエホバの証人組織に戻るつもりは無かった。実際あの組織はダサいし関わっても今この瞬間に良いことは1つもない。これが理由だった。地味で真面目なだけが取り柄のエホバの証人だらけの楽園で永遠に生きるなど拷問のようにも思えた。

それでもいずれ訪れる終末の日に対する恐怖は拭い切れなかった。天から降る裁きの火で不条理にこの身を焼き尽くされる夢を何度もみた。雷で撃たれて死ぬという恐怖のイメージもあった。近いうちに私は神により滅ぼされるのだ。ならばハルマゲドンまでの残りわずかな人生を好き放題に生きるしかないと思っていた。

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エホバの証人2世が親を許すということ

エホバの証人親子の関係修復のチャンス

私は生まれて以来ずっとエホバの証人2世として育てられた。両親ともに熱心なエホバの証人という神権家族で14歳までを過ごす。14歳になる年に私は自分の意志でエホバの証人をやめた。その後20歳で就職して独立して家を出る。この頃になっても両親は未だにエホバの証人だった。

一人暮らしをしていた時にちょっとした用事があって私は実家へ帰った。私が20代前半の頃である。実家では驚くことに父親がタバコを吸い始めていた。父親はエホバの証人の会衆の長老だったはずなのに!エホバの証人にとって喫煙は厳禁である。組織から追い出される排斥事案なのだ。

どうやら私の父親はものみの塔協会の洗脳が解けたのかエホバの証人をやめたのか、はたまたその両方であるのか、いずれかは確実だった。父子関係を修復するまたとない機会だったのだがタバコを吸っている父親に対し私は歩み寄ることが出来なかった。

後で分かったことだが私の父親はこの頃には既にエホバの証人組織を離れていた。しかし母親はまだ組織に留まっている状態で家庭内別居の状態にあったという。この夫婦の間を取り持つのが一人息子である私の役目だった。

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エホバの証人2世の性欲

エホバの証人一家の根底にある嘘

「僕は大人になったらベテルで奉仕したいです」

子供の頃の私は両親の顔色を伺って両親が望むことを言い続けていた。ベテルに入って奉仕すれば両親は喜ぶし両親の愛を得られるのである。そのうちに実際に本当にそうしても言いのかなと思った時期が何度かあった。人生のトータルで1ヶ月から2ヶ月間ほどの日々である。

この期間は本当に真面目に集会で公開講演のノートをとりものみの塔協会の伝道活動に勤しんでいた。こうして真面目にやっていれば親子3人でハルマゲドンを通過し楽園に入ることが出来ると心の底から思っていた。これもマインドコントロールの成果である。

ものみの塔協会の活動に全身全霊を費やすことに本人たちは喜びを感じている。家族揃っての丸々の洗脳状態は彼らにとって幸福な状態なのだから周囲は放って置けばいいという意見もある。本人たちの自由だという意見だ。しかしこれは誤っている。

何故ならエホバの証人一家の根底にあるものが虚構だからである。ハルマゲドンを通過し楽園で永遠の命というストーリーが完全なる嘘だからだ。結局エホバの証人一家の未来に幸福が待つことはない。それに周囲の無垢の人々を勧誘しさらなる犠牲者を増殖させることは本人たちの自由という言葉で許されることではない

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