エホバの証人2世の子供の不幸

体罰と愛情と恐怖による洗脳による強制

田舎へ引っ込んだ両親はますます熱心にエホバの証人の活動に集中するようになった。父親は会衆の長老になり母親は正規開拓者として熱心に伝道活動に従事していた。私もそれに引きずられてエホバの証人2世として集会や伝道などものみの塔協会の活動を中心とした小学校高学年を送ることになった。もちろん強制的にである。

内心、嫌ではあったが小学生だった私が親に抵抗する術は無かった。兄弟もおらず両親ともにエホバの証人だったので、今日だけは集会に行きたくない、そう言い出すことすら出来なかった。待っているのはこらしめという名の体罰である。体罰も理由の一つではあったが洗脳状態の両親からですら愛情を得なければ物質的にも精神的にも生きていけないという要因もあった。

また、物心ついた頃からものみの塔協会に洗脳された影響も非常に大きい。天にはエホバという絶対的で愛に溢れた許しの神がいるのだが、彼のその許しの精神も間もなく限界に達し、自身の創造物全てを一旦焼き尽くそうとしている。その大患難を生き残るためには、しこしこと王国会館での集会に通い続け、終わりの日が近いと伝道して回らなければならない。私はそう信じ込まされていた。

田舎のエホバの証人の子供の不幸

私がこの頃住んでいた田舎町では小学校の1年生から6年生までほぼ全員が顔見知りだった。人口が圧倒的に少ないのである。各学年にひとクラスずつしかない強烈な田舎だった。こんな環境に置かれたエホバの証人2世は超有名人の変わり者扱いをされる。クリスマスや節分、運動会の騎馬戦といった学校の季節毎の行事には参加しないし、地元の祭りにも参加しない。

都会だと地元の祭りはただのフェスティバルで子供が積極的に参加して何かするというのは無かった。露店が並んでそこに遊びに行くぐらいである。ただこの頃私が暮らしていた田舎町では地元の子供は漏れなく祭りに参加し古典芸能を舞ったり神輿を担いだりしなければならなかった。

この秋祭りのための練習を春頃から始めるのである。その指導は地元の大人が行う。田舎のコミュニティなのである。それに参加しないということは私の家族そのものが地域で浮くことを意味している。無論深いマインドコントロール状態の両親はそんなことを気にもしない。しかし多感な小学校高学年だった私には、クラスメイトの親の視線が痛くてたまらなかった。学校の先生も同じである。事あるごとに校歌を歌えと言ってくるのである。


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