エホバの証人家族の行く末

エホバの証人の元2世に残る傷跡

私の両親は父親がエホバの証人組織をやめてから家庭内別居に近い状態にあったようである。まだエホバの証人組織に未練が残り洗脳状態の解けていない母親と、ものみの塔協会の偽善体質に気付いた父親との関係が希薄なものになっていったようである。

私の高校生以降の学生時代は寮に入ったり遊び歩いていたりとあまり実家に帰ることはなかった。就職してすぐに家を出たことも大きいだろう。この頃の私はものみの塔協会により奪われた幼少期からの時間を取り戻すべく、エホバの証人2世として禁じられていたことの全てをやろうとしていた。今まで出来なかったことを全てやらなければならない、誰よりも楽しく生きなければならないと思い込んでいた。エホバの証人組織をやめたばかりの父親の痛みと未だ組織にとどまる母親の洗脳状態を気遣う余裕などはとても無かったのである。

私でもつい最近までエホバの証人やものみの塔協会について冷静に考えることは出来なかった。ものみの塔協会を憎みその教義を全否定し、何も知らずに私の家に伝道にやって来るエホバの証人たちを追い返すことしか出来なかった。道を歩く伝道奉仕中のエホバの証人を見ることや、あのパステルカラーの王国会館を見ることが恐怖ですらあった。





エホバの証人の父親の宿命

私の父親は大学を卒業して入社した会社をエホバの証人としての活動を重視するために辞めた。そして時間の都合がつきやすい仕事へ転職する。これが私の父親が20代の頃の話である。私の父親の30代は模範的なエホバの証人として組織内での”特権”を増していくことに重点が置かれていた。エホバの証人組織で”特権”を増すということは端的に組織内での出世と同義である。私の父親は会衆内で長老という立場になり、信者が何千人も集まる大会で講演を行っていたこともあった。

私の父親はエホバの証人としての活動を重視するために転職や引越しを繰り返し、世俗の仕事での出世や経験値といったものはほぼ皆無のまま40代に至る。そして、一人息子の私はものみの塔協会の厳格な教義に則って育てられた。こうして私は14歳までの人生を無駄にしてしまうことになる。その息子に対する罪悪感と父親自身の20代からの全ての時間をものみの塔協会に捧げてしまったという無力感たるや壮絶なものだっただろう。そして自分の家族がまるごと新興宗教に騙され崩壊するという結末に至ったのである。

世俗の仕事でキャリアを積み重ねて来なかった中年のエホバの証人にとって、組織を去った後の生活は厳しいものとなる。それまでとは価値観が転換してしまっているからだ。エホバの証人はハルマゲドンで全てがチャラになると信じているので経済的基盤を重視しない。しかしそれが全て嘘で、実は老後の備えから子供の養育費まで金は充分に必要となる。世俗の環境での出世を追い求めることをエホバの証人は毛嫌いするのだが、エホバの証人組織を去れば、やはりそれはある程度は重要なものではある。しかしそれがゼロなのである。洗脳状態が解けた中年のエホバの証人にとっては辛い現実が待っているのである。


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