一緒にものみの塔を崩壊させてくれるエホバの証人大募集!/エホバの証人の会衆・支部ごと排斥大作戦

エホバの証人の会衆・支部ごと排斥大作戦

大昔の話なのだが、エホバの証人の集団排斥事件に関する資料を読んでいる。1978年、北海道の広島会衆の話。(※後日修正、1978年は広島会衆発足の年で、事件は1980年代中頃に発生)

エホバの証人 – STOPOVER(途中下車)

まだ、前半部分を読んでいるだけなのだが、この北海道の広島会衆同様に会衆の集団排斥を連続させることで、ものみの塔協会を足元から崩壊させられるのではないかと考えた。

会衆の長老、出来れば主催監督をたらしこんで(正しい道に導いて)、公開講演でものみの塔の真相を公表させる。何なら私が出張して45分話しても良い。「ものみの塔と私の黒歴史」これで会衆丸ごと洗脳解除する。

会衆の信者たちは、疑いつつも長老の言うことを聞く人もいるはずなので、一定数の効果はでる。その上で、会衆から日本支部を糾弾する動きを始める。ブルガリアで輸血解禁ってマジっすか?とか、千葉の大会ホールの納骨堂の目的何ですか?とか、何でもいい。

支部側は痛いところを突かれて、黙殺するしかない。そして会衆ごと排斥となる。これを複数会衆でやっていけば、ものみの塔の勢力を削れる。

気づけば日本支部ごと排斥。

これを多国籍にやれば、ものみの塔を消滅させることができる。

一緒にものみの塔を崩壊させてくれるエホバの証人大募集!

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エホバの証人をやめるときの3つの注意点(正しい脱会方法のまとめ)

エホバの証人を脱退するときの3つの注意点

  1. バプテスマを受けない
  2. 排斥されない
  3. 誰も傷つけない

エホバの証人をやめるときに気を付けることを3にまとめました。洗脳が解けてエホバの証人をやめる決意をした後の話です。その前の段階の人は、まず自分の頭で考えてエホバの証人組織と自分の生き方に疑問を感じましょう。そしてエホバの証人組織の外で生きていく決意をまず固めましょう。

排斥にならないためにバプテスマを受けない

1.バプテスマを受けない

エホバの証人を穏便にやめるためにはバプテスマを受けないことが大事です。

既にバプテスマを受けてしまった場合はどうすれば良いの?と聞かれそうですが、バプテスマとはものみの塔という偶像に命をかけると献身する行為です。もう後には戻れないので諦めましょうという訳にはいかないので他の2つの注意点に気を付けて下さい。

バプテスマを受けると排斥されるリスクが高まります。排斥された元信者はエホバの証人信者から村八分の扱いを受けます家族内でも排斥者に対しては最低限の接触にとどめなければならないというものみの塔協会の戒律があります。

エホバの証人をやめたからと言ってものみの塔協会の洗脳下にある哀れな肉親と話せなくなったりするのは嫌ですよね。

バプテスマを受けていない未信者の旦那さんなどはタバコを吸っていてもお咎めなしなのに、一旦バプテスマを受けてしまうと喫煙しているところを目撃されたり、長老に対して背教じみた質問をしたりして会衆内で目をつけられると排斥になる恐れがあります

エホバの証人2世の子供だと、”同じ会衆内のあの子はあなたと同じ年なのにもうバプテスマを受けて兄弟と呼ばれている”と親が羨望のまなざしを向けることがありがちです。子供としては自尊心を損なわれることになり、けなげにも何とかして自分もバプテスマを受けようなどと思います。これが危険です。

バプテスマを受けないままなら、年頃になって異性とデートしたりしても多少は多めに見て貰える風潮がありますが、なぜか一旦バプテスマを受けてしまうと異性とラブホテルに入ったりするのを目撃され密告されると排斥になってしまいます。

エホバの証人の排斥者に対する愛の欠けた行為

エホバの証人をやめるときの注意点2つ目です。

2.排斥されない

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ウイルスと妄信と

エホバの証人が命を軽視する理由

新型ウイルスの発症源になるから自粛せいと当局の要請があるのにも関わらず、無視して礼拝を決行。そしてまたもや感染源となった韓国の新興宗教団体。外部の意見を聞かず目的のためなら手段を択ばない全体主義完全にカルトである。エホバの証人も同様で集会や大会を中止したりということは決してないのだろう。ハルマゲドンが来て一旦世界がリセットされるからと自分自身や家族、周囲の人間全ての命を軽視しているのである。これっきり一回だけの人生なのに。考えるのを止めて何よりも大事な今を生きることから逃げた思考放棄の集団である。

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児童虐待が隠蔽されている王国会館を通報せよ

陰湿なエホバの証人の体罰

警察庁の犯罪統計によると、児童相談所に通告した子供の数が2019年が過去最多になったとのこと。児童相談所に通告した18歳未満の子供の数はは10万人弱、そのうち身体的虐待が2万人ほどだと言う。

周囲にエホバの証人2世の子供がいる人は、積極的に子供に通告させる、自ら通告するという行動を取れる時代になった。エホバの証人の体罰は子供のお尻をベルトや素手で叩く方式なので身体に証拠は残らない。しかし、子供たちの心に大きな傷が必ず残る。周りの正常な大人たちにはそれを救う義務がある。

エホバの証人の集会が開かれる王国会館には”こらしめ”用の部屋がある。こらしめというのは完全なる体罰、児童虐待のことである。下らない自己満足の公開講演がされている間、子供たちは当然大人しくしていることは出来ない。

公開講演といるのは日曜日の集会で行われる、男性信者による単独の講演のこと。ほとんど自慰行為。

詳しくはこちらの記事で→エホバの証人2世の物的被害

それをこらしめという体罰で抑えつけて子供の心ごとのっぺりと平らにして洗脳していくのである。静かに2時間座っていられる子供が模範的な良い子供、神エホバや両親からも愛されるのだと体罰の恐怖で思い込ませるのである。

こらしめ用の部屋は密室になっていて外に音が漏れない。私がしこたまお尻を叩かれていた30年以上前でも、エホバの証人組織側は虐待を”疑われる”ので、外に子供の泣き声を漏らさないように密室でこらしめを行えと信者に通達していた。

エホバの証人の世界では組織的に伝統的に子供への虐待が行われている。こらしめ用の部屋には水道用のホースがあった。緑色のホースで子供の私は思いっきり引っぱたかれていた。30年以上前の光景がまざまざと目に浮かぶ。

愛のムチとは?王国会館を通報せよ

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エホバの証人2世の子供の不幸

体罰と愛情と恐怖による洗脳による強制

田舎へ引っ込んだ両親はますます熱心にエホバの証人の活動に集中するようになった。父親は会衆の長老になり母親は正規開拓者として熱心に伝道活動に従事していた。私もそれに引きずられてエホバの証人2世として集会や伝道などものみの塔協会の活動を中心とした小学校高学年を送ることになった。もちろん強制的にである。

内心、嫌ではあったが小学生だった私が親に抵抗する術は無かった。兄弟もおらず両親ともにエホバの証人だったので、今日だけは集会に行きたくない、そう言い出すことすら出来なかった。待っているのはこらしめという名の体罰である。体罰も理由の一つではあったが洗脳状態の両親からですら愛情を得なければ物質的にも精神的にも生きていけないという要因もあった。

また、物心ついた頃からものみの塔協会に洗脳された影響も非常に大きい。天にはエホバという絶対的で愛に溢れた許しの神がいるのだが、彼のその許しの精神も間もなく限界に達し、自身の創造物全てを一旦焼き尽くそうとしている。その大患難を生き残るためには、しこしこと王国会館での集会に通い続け、終わりの日が近いと伝道して回らなければならない。私はそう信じ込まされていた。

田舎のエホバの証人の子供の不幸

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エホバの証人という架空の癒し

エホバの証人の現実逃避

私が最近自分の息子と接していて感じたことなのだが、人生においてこの瞬間が一期一会なのである。息子がようやく話せるようになりつつある今日は二度と来ない。熱心なエホバの証人だった私の両親には今この瞬間を貴重だと思う感覚が無かった。私が高熱を出しても腕を骨折してもどこか現実味が無かったのである。無論心の底からいたわり心配はしてくれていたのだが、どこかよそ事感があった。

エホバの証人だった私の両親が何事においても臨場感が無かった理由は、ハルマゲドン後の楽園で我々は完全な人間に生まれ変わるという幻想を深く信じていたからである。エホバの証人信者たちが深く洗脳されていくのは不甲斐ない現実と不完全で辛い現在からの逃避を目的としている

今日1日をダラダラと過ごしてしまったのも自分が不完全なせい、楽園で完全な人間に生まれ変わればこんなことがなくなる、大怪我をして体や顔に傷が残っても問題ない、楽園では完全な体に変貌するのでいつかは消える傷である、人間関係に大きな問題が生じかけているけど、相手はこの世の人でハルマゲドンの通過は望めないから問題ない、エホバの証人の会衆内の人間関係にも齟齬が生じているがこれも今積極的に解決せずとも楽園で完全な人間になればいずれ回復するだろう。エホバの証人は目前の問題から逃げてさらなるマインドコントロール状態に陥っていくのである。

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エホバという猛毒

辛く悲しいエホバの証人の神権家族

私は生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。私の家庭はいわゆる神権家族だった。神権家族というのはエホバの証人組織の中での呼びかたである。両親ともにバプテスマを受けて兄弟姉妹と言われていて、子供たちも当然のように信教の自由を保障されることなくエホバの証人2世として育てられている家庭である。

片親だけがバプテスマを受けていてその子供である2世もバプテスマを受けていても、もう片方の親が未信者である場合は神権家族には該当しない。神権家族であり父親が長老だったので私は会衆内での立場も子供ながらに優遇され一目置かれていた。しかしその当時にはそういう意識はなかった。

中学生になったときに神権家族でない同級生のエホバの証人2世が先にバプテスマを受けた。私の両親は口には出さなかったものの私にも早くバプテスマを受けてものみの塔協会に献身して欲しいという思いがあった。その同級生の親のことを羨んでいた。しかし私はこの頃には既にいかにして早くエホバの証人をやめるかということを考えていたので全くプレッシャーなどは感じなかった。しかし親の期待や希望に沿えないということが10代中盤の私にとっては辛く悲しいことだった。

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エホバの証人の長老が暴力を振るう原因3つ

エホバの証人の長老の暴力

私はほとんど生まれながらのエホバの証人2世だった。両親ともに熱心なエホバの証人で、子供の頃から厳格にものみの塔協会の教義を押し付けられて成長した。さらに、私の父親はエホバの証人の会衆の長老だった。

会衆とはエホバの証人のコミュニティ単位のことで成員100名程度。長老はその中から数人が任命される。エホバの証人の支店長のようなものである。私の父親は、その長老の中でも「主宰監督」と言われる、会衆で一番の責任者だった。

私はその父親に何度か物を投げつけられたことがあった。小学生の高学年から中学生2年生で私がエホバの証人をやめるまでの頃の話である。

エホバの証人の通常のこらしめと呼ばれる体罰は、ケガをしないようにお尻をベルトや素手で叩く。これはものみの塔協会推奨の教育手段。しかし、子どもめがけて固い本や食器を投げつけるというのは常軌を逸している。

まさか本当にぶつけようとして投げてきた訳ではないとは思う。だが、私の顔の真横をかすめていった固い物体が、部屋の壁に大きな穴を開けたことがあった。私が避けずにいれば怪我は免れなかった。

エホバの証人の長老が暴力を振るう原因3つ

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脱会エホバの証人二世が得る自由は見かけだけの仮のモノ

結局は自分では何も決められないエホバの証人二世

エホバの証人の親は、子供の2世信者が自ら選んだ選択に無条件で同意することは絶対にない。子供の意思よりも神エホバの目からみてかなっているか、正しくはものみの塔協会の教義に沿っているかということを第一優先にする。

特に我が家の両親は父親がエホバの証人の会衆の長老という要職に就き、母親は全時間の※正規開拓奉仕者という筋金入り。その一人息子だった私はガチガチにものみの塔協会の教義に縛りつけられて育てられた。

※正規開拓奉仕者は、当時は年間1000時間もの時間をエホバの証人活動に費やしていた

私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられたため、幼児期から少年期の希望が叶うことは一切なかった。私は14歳になる年に自分の意志でエホバの証人をやめたのだが、それまでの反動が来る。

生まれてこの方、自分の願望が叶えられたことがないため、私は目についたもの、気になったもの、あらゆるものに興味を示し試していくことになった。

それらは、主にものみの塔協会の教義で禁止されているようなこと。自分の心からやりたいこと、本来やるべきこと成すべきことを取捨選択することが、私には出来なかった。エホバの証人をやめたばかりで、今まで何も得られなかった分、全てが必要なことだと思えた。

しかし、ものみの塔協会の洗脳が解けた訳ではなかったのでハルマゲドンはいつか必ず勃発すると信じ込んでいた。その終わりの日に滅ぼされるので、私は寿命を全うすることが出来ない。限られた生の中で全てのことをやる必要があった。

酒、タバコ、ギャンブル、セックス、車、あらゆる快楽に手を出した。そういう日常の快楽に忙しくしているため、未だエホバの証人だった両親のことを顧みる余裕が私にはなかった。

単純な家族の幸せという、自身の本当に望むことをおろそかにしていたのが、私の10代後半から20代の前半のこと。自分で何も選択せずに、なし崩し的に目の前に現れる反ものみの塔的なものを丸呑みしていく。

これでは、エホバの証人2世としてものみの塔協会の支配下にあった幼少期と同じ。自分で何も決められず、他人の言いなりになっていた頃と同じ。

ものみの塔協会のハルマゲドン延長宣言

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エホバの証人2世の晴れやかな夜

集会に行かないと告げた夜

私はほぼ生まれたときからエホバの証人2世として育てられた。14歳で自分の意志でエホバの証人をやめた。エホバの証人をやめるという決意は出来ていたのだがなかなか両親には言い出せなかった。

父親は会衆の長老で母親は正規開拓者で両親ともに熱心なエホバの証人だった。私はエホバの証人をやめるということは両親の愛情を裏切ることであるような気がしてならなかったのである。長い間、悶々としてようやく両親に切り出すことが出来た。

夜の集会に行く時間になり両親から集会に行くよと言われたときに

「集会にはもう行かない」と告げたのである。エホバの証人をやめるとははっきりと言えなかった。集会に行かないと言った時も自分の部屋から出ずにベッドに寝て顔を伏せたままというレベルである。この行為は両親に対しての酷い裏切りであるという意識がこの頃の私にとって強かった。

しかしこの晩の両親が集会に行っている間の気分のなんと晴れやかだったことか。これからは自分の時間を自分の思うように使うことが出来る。禁止されている学校の行事に参加出来ず恥ずかしい思いや嫌な思いをすることもない。女の子と付き合ったり友達の家のクリスマスパーティーに参加したりすることも出来る。

やっと両親にエホバの証人をやめるという話を切り出すことが出来た。これを言い出せずに長い間悩んでいたのでほっとした思いもあった。この後は頑としてエホバの証人としての活動を拒むだけである。

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