Copilotとの対話:司法は宗教問題を避けるのか?──控訴審前夜の分析

Copilotとの対話

いざ、最高裁へ

ものみの塔と裁判をしている件。最高裁に進むかというところなんですが、ちょっとさかのぼって、控訴審判決が出る前のCopilotとの対話。一審敗訴の段階。ものみの塔側も「私の訴権の濫用を認めろ」と附帯控訴をしていたときです。

最高裁の書面準備があるので、ブログ更新は休もうかと思ったんですが、振り返りの意味も込めて、かつてのCopilotとの対話を掲載します。多分、最高裁の書面を提出する頃までくらいはかかる長期シリーズになるかと。

私「誰がも宗教嫌いでなく、特に裁判官のような保守的な仕事柄だと現状維持バイアスを持つ傾向が高く、宗教問題は矮小化しがちだと思います。

しかし、私の控訴理由書と準備書面(2)を踏まえて、原審判決を維持するだけの説得力のある判決文が出てくるとは、どうしても思えないです。

私個人の問題へと矮小化するのなら、訴権の濫用ということにするのが一番ですが、それも裁判所は避けたいし、それはものみの塔側の要求の差戻しになります。

訴権の濫用も認めず、原審判決を維持するには、客観的にものみの塔協会の寄附運用が違法でないということにしないいけなくて、それが厳しいと思うんですよね。

ものみの塔的な詭弁を使えばいくらでもいけますが、裁判所はそうしてくるでしょうか?

第一審は審議の範囲が狭く、私の主張を理解していませんでしたが、詭弁はなく両者の意見を理解できる範囲で理解して公平な判断だったとは思います。しかし、今回の控訴で私がそこに斬り込んで、ものみの塔は逃げたわけです。

ネガティブ意見を出して貰っても構わないです。」

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高裁の論理はなぜ逆転したのか──誤認法理の核心を飛ばした判決構造

最高裁へ!

高裁が認定したこととは・・・

昨日の記事で以下の高裁が認定した事実の内容と、その意味について記載。今日はその続き。

✔ 高裁が認定している部分

  • 海外統治体が児童性虐待裁判で敗訴している
  • 多額の賠償責任を負っている
  • 私がその疑念を抱いていた

これらは 高裁が明確に認定した事実

✔ 高裁が認定していない部分

  • 寄附金が実際に裁判費用に使われている

ここまでは踏み込んでいません。

しかし、法的には「ほぼ認定したのと同じ効果」が生じています。

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ものみの塔の寄附金流用裁判、実はほぼ勝っている。高裁が認めた前提事実

実は・・・

◆私の裁判が最高裁で扱われるべき理由

昨日の記事の続き。エホバの証人(ものみの塔)と裁判をしている件。

控訴審判決が出て、私の敗訴。現在は最高裁にステージが移るかどうかの段階です。

しかし、控訴審判決を読んで私はこう思いました。

「あれ? これ、実質勝ってない?」

なぜなら、高裁は私が裁判で追及してきた“核心事実”を ほぼすべて認定してしまったからです。

高裁はこう書いています。

「本件宗教団体に係る海外の団体が児童性虐待に係る訴訟を提起され多額の賠償金の支払義務を負い、控訴人に対する寄付金がこれらの支払等に使われているか疑いを抱いていた」

これはつまり、

  • 海外のエホバの証人団体が児童性虐待裁判で敗訴している(事実)

  • 多額の賠償責任を負っている(事実)

  • その事実に基づいて疑念を抱いた(合理的)

という構造を裁判所自身が認めたということ。

私が確定させたかった事実の大半は、すでに高裁が認定しています。

ではなぜ負けたのか?

理由はただ一つ。

法的評価だけが逆転しているから。

事実認定では私が勝っているのに、法的評価だけが逆転しているから。

そしてその法的評価は、 新法(不当寄附勧誘防止法)の解釈問題であり、これは最高裁が判断すべき領域です。

だから私は、最高裁で勝てる可能性がある。むしろ、最高裁が判断を示すべき“ごくわずかな事件”に入っている。

◆高裁は「疑念の背景となる事実」を認定している

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ものみの塔裁判─「疑念」と「1975年」裁判所が認めた事実と司法が切り捨てる妄想

1975年!?

◆「1975年にハルマゲドンが来なかったから、寄付返せ」は?

この記事の続き。私のものみの塔との裁判。いよいよ最高裁に進みます。

エホバの証人の歴史を知っている人なら、「1975年にハルマゲドンが来る」という終末騒動を覚えているはずです。

当時、ものみの塔は直接「寄附すれば救われる」とは言いませんでしたが、

  • 「家を売れ」
  • 「終わりが近い」

といった空気を強烈に匂わせ、信者を扇動したのは事実です。

では、もし当時の信者がこう主張したらどうなるでしょう。

「1975年にハルマゲドンが来ると信じて寄附した。来なかったのだから、寄附金を返してほしい。」

私は「1975年のから騒ぎ」の責任は100%ものみの塔にあると考えています。

しかし、日本の司法がこの問題を扱うとしたら、こう判断します。

  • 「1975年にハルマゲドンが来る」という信念は荒唐無稽
  • よって「誤認」として保護されない
  • 寄附したのは本人の勝手な思い込み
  • 教団側の説明義務違反には当たらない
  • 誤認の責任は“本人側”にある
  • よって不当寄附勧誘ではない

つまり、根拠のない妄想に基づく誤認は保護されないという扱いです。ここまでは理解できます。

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最高裁へ。高裁が自ら認めた「疑念=事実」を、今度はこちらが突きつける番だ。

最高裁へ

■ ものみの塔聖書冊子協会との裁判の状況報告

ついに、私の事件は最高裁判所に進むことになりました。

エホバの証人による寄附金流用問題――宗教法人の寄附金運用の透明性を問う裁判です。

エホバの証人による寄付金流用裁判、ものみの塔側証拠資料「乙50」-その3、以来の近況報告です。

控訴審(東京高裁)の判決(2026年3月)は、私の控訴を棄却し、ものみの塔の附帯控訴は却下。附帯控訴の却下は“門前払い”のようなものですが、「勝っている側がさらに争う必要はない」という扱いです。

とりあえず、私の負け。

問題は、私の控訴が棄却された理由です。その理由が、あまりにも逆説的で、論理的に破綻しているんです。

そして、この判決こそが、最高裁で争うべき“構造的問題”を浮き彫りにしています。 “最高裁へ。高裁が自ら認めた「疑念=事実」を、今度はこちらが突きつける番だ。” の続きを読む


「敵を愛せよ」と言う人たちが、係争相手を“法的措置”で脅し出禁にする話。

敵を愛さないエホバの証人

エホバの証人の刑務所布教の美化

仮想エホバの証人が書き換えている『エホバの証人』のWikipedia。ここからエホバの証人の思考状態を類推している。昨日までの記事の続き。2022/2頃の記録。

『エホバの証人』のWikipediaのエホバの証人とは何かを説明する冒頭部分に以下の記載が追加される。いつもの仮想エホバの証人によって。

また様々な国の刑務所で、受刑者への更生支援プログラムを実施している

刑務所の教誨師の代わりにエホバの証人がやってくる。まるでこの世の果ての地獄絵図。罪を償っているところにカルトの伝道師がやってくると。どこまで行っても救われない。

エホバの証人が刑務所で布教活動を行っていることを「更生支援」として美化したい意図なのだろうが、実態は、教誨師の代わりにカルト宗教が入り込むという、受刑者にとっても社会にとっても危険な構造。

刑務所布教が生む“もう一つの地獄絵図”

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牧師は呼び捨て、被害者支援は“批判的”──仮想エホバの証人のご都合変換

Wikipediaの改変

仮想エホバの証人がすり替えることとは・・・

仮想エホバの証人がWikipediaをどのように書き換えているのか?これからエホバの証人の思考状態を類推する。昨日の記事の続き。2021/12頃の記録。

エホバの証人のWikipedia>特筆的な事柄>マインドコントロール、脱会問題の項目。

カルト宗教被害者の問題解決に取り組む、「真理のみことば伝道協会」主宰のウィリアム・ウッド牧師は「エホバの証人 マインドコントロールの実態」など多数の書物を出版している

上記がもともとの記述。これを仮想エホバの証人が以下のように改変。下線部

キリスト教系新宗教に対して批判的な立場を取る「真理のみことば伝道協会」主宰のウィリアム・ウッドは「エホバの証人 マインドコントロールの実態」など多数の書物を出版している

改変された記述

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エホバの証人による寄付金流用裁判、ものみの塔側証拠資料「乙50」-その3

乙50

「嫌がらせ」じゃねぇっつーの

ものみの塔と裁判をしている件。控訴審中なのだが、第一審でものみの塔側が私のブログを証拠資料として大量提出している。そのうちのひとつ。乙50号証「エホバの証人の大会潜入記:過去と現在の葛藤、子どもたちの悲痛な叫び」。

ものみの塔は、私の一連の活動を「嫌がらせ」と主張している。私の一連の行動が単なる「嫌がらせ」でないことは、ものみの塔側が提出している乙50から明らか。以下、ボツった私の裁判用の反論の下書きから。

※原告というのが私のこと

原告自身が少年の頃、エホバの証人の信条である輸血拒否を強制され、生死を危険にさらす経験をしているという生い立ちから、エホバの証人という宗教が人身に有害であるという信念を持っている。目の前の命を粗末にする宗教を見逃すことができないという一念で一連の活動を行っている。決して、嫌がらせが目的ではない。

ここまで。

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エホバの証人による寄付金流用裁判、ものみの塔側証拠資料「乙50」-その2

乙50

ものみの塔を再評価

ものみの塔と裁判をしている件。控訴審中なのだが、第一審でものみの塔側が私のブログを証拠資料として大量提出。そのうちのひとつ。乙50号証「エホバの証人の大会潜入記:過去と現在の葛藤、子どもたちの悲痛な叫び」。

乙50に関して、ものみの塔側の裁判の準備書面が以下。

当然のことながら、原告が執拗に児童相談所に通報したいずれの件についても、児童相談所がエホバの証人が児童虐待を行ったと認めたものはなく、児童相談所にとっても原告による通報は単なる迷惑行為である。このように何ら根拠なく当局に執拗に通報する行為は偽計による業務妨害と評価しうる。

※原告というのが私のこと。

このものみの塔の勝手な評価を、私が再評価。

ホントに児童相談所に確認したの?

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エホバの証人による寄付金流用裁判、ものみの塔側証拠資料「乙50」-その1

乙50

エホバの証人の大会に堂々と「潜入」

ものみの塔と裁判をしている件。逆転勝訴するべく控訴審中。第一審で、ものみの塔側が私のブログを大量に証拠提出しているシリーズ。そのうちのひとつ。乙50号証「エホバの証人の大会潜入記:過去と現在の葛藤、子どもたちの悲痛な叫び」。

これに関して、ものみの塔側の証拠説明書から。以下が立証趣旨。

原告が、幕張メッセで開催された大会に潜入し、児童相談所へ通報したこと。

ものみの塔は、この辺りのこと、「潜入」とか「児童相談所への通告」を「嫌がらせ」だとしたいらしい。

乙50号証の2つ前の記事で、私が大会に潜入する瞬間の様子を書いている。

会場前で看板の写真を撮って、ホール入り口に向かうと中から人が出てきて迎えてくれた。

「エホバの証人の大会ですが?」と。

「・・・えぇ、見学です」

帰る時に気付いたのだが、ホール入り口のドアのカギは、プログラム中は締め切っている様子。このときも係の男性がカギを開けてくれた様子。

「初めてですか?」

「初めて・・・でもないんですけどね」

「はい」って言っておけばいいものを・・・。

エホバの証人をやめてから、極端にウソつけなくなったんだけど、これもある種のエホバの証人の後遺症なのかも知れない。2世信者を強要されていた頃が一番嘘つきだったな・・・。

堂々と正面から「見学だ」と言って潜入。

ノーネクタイにスニーカーという、怪しさ満点の私なのだが、エホバの証人は来る者拒まずな宗教観なので、とりあえず空いている座席に案内される。

まあ、一応は歓迎されているというか、せざるを得ないわけで。だから、潜入したこと自体は咎められる筋合いはない。見るからに怪しい奴が来たんだから断ればいいだけ。

エホバの証人の大会を児童相談所へ「通告」

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