聖書原文を読めば“分かる”らしい。根拠ゼロの教理に“学術風味”を振りかける人たち

改変された記述:信頼性の“後付け”

仮想エホバの証人が書き換えているWikipedia。この行動からエホバの証人の思考状態を類推する。昨日までの記事の続き。2022/1頃の記録。

エホバの証人のWikipediaの以下の記述。

カトリックや正教会、プロテスタントなどの主流派キリスト教会の信じるクリスマス、「三位一体説」「イエス・キリストの神格化」「不滅の魂」などを否定する立場をとっている

仮想エホバの証人が以下のように、下線部を追加してきている。

聖書原文とキリスト教史の研究に基づき、カトリックや正教会、プロテスタントなどの主流派キリスト教会の信じるクリスマス、「三位一体説」「イエス・キリストの神格化」「不滅の魂」などを否定する立場をとっている

三位一体、キリストの神格化、不滅の魂を否定するのがエホバの証人のポリシーというか差別化戦略。こんなのどうでもいいことなんだけど、エホバの証人的には、「他と違うから真理!」みたいな妄信の根拠になっている。

だから、「聖書原文とキリスト教史の研究に基づき」という文言で、信頼性を少しでも上乗せしようと後付けしてくる。

“分かるはずがない”ことを議論する虚構

そもそも、聖書原文を研究したところで

  • 三位一体
  • キリストは神か?
  • 不滅の魂

なんてモノの真実が分かるはずがない。ちょっとどうかしてるよね。

さらに、キリスト教史を調べたところで同様。分かるのはエホバの証人がぽっと出の新宗教でうさん臭さ抜群ってことぐらい。

  • 三位一体
  • キリストは神か?

こんなのは、神に会ってみなきゃわからないこと。神に会った人間なんていないのだから、全部作り話。

  • 不滅の魂

に至っては、死んでみなきゃわからないことで、「聖書」や「キリスト教史」が何らかの回答をもたらすことはない。

魂が不滅だろうとなんだろうと別にどうでもいいんだけど、エホバの証人はこの不滅の魂制度を否定する。そのわりには、人間が生身の身体で永遠に生きるなんて言っていて、ホントにおかしな人たち。

聖書原文やキリスト教史研究から「三位一体」「神格化」「不滅の魂」の真偽を導くことは不可能。 それでも「根拠があるように見せたい」という仮想エホバの証人の妄信の防衛本能が働いている。

クリスマスを信じる?

「主流派キリスト教会の信じるクリスマス」なんて記述もあり、クリスマスを信じる信じないなんてのも、そもそもおかしな表現な気もするんだけど、エホバの証人はクリスマスを信じない、というかクリスマス禁止。

このしょうもない教理のせいで、エホバの証人の子どもたちは社会的に孤立し疎外感を浴びて辛酸をなめるんだけど、これも「聖書」や「キリスト教史」を調べたところで、クリスマスを否定する根拠などでてこない。

そもそも、クリスマスを信じる信じないの議論になってることが愚かで、楽しそうならクリスマスをやれば良くて、気が進まなきゃやらなきゃ良いだけ。カルト教団の教理で決められることではない。

まとめ

「聖書原文とキリスト教史の研究に基づき」という文言は、 あたかも客観的・学術的な根拠があるかのように見せかけるための演出。しかし実態は、“分かるはずのないことを分かると言い張る”妄信の構造。

結論

  • 聖書や歴史を盾にして教理の正当性を演出
  • 実際には根拠がないことを“あるように”見せかける
  • 他宗派との違いを“真理”とする差別化妄信
  • 教理によって生活や感情が制限される現実

仮想エホバの証人によるWikipedia改変からは、信仰の不安定さと、妄信を守るための言語操作が見えてくる。


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