イエス氏の存在を否定する東京某市
昨日の記事の続き。エホバの証人の記念式の開催を執拗に許可しようとしている東京某市の公共施設とのやり取り。
「法事禁止」のホールでキリスト君の死の記念式の開催を認めるってどうなの?とか、公共施設で子どもに酒回すってどうなのさ?と詰めたところ、以下の返信。

カルト撲滅 ものみの塔聖書冊子協会の寄付制度は不当寄付勧誘の疑いが極めて濃厚である── ものみの塔との訴訟を通じて、疑念を抱かない寄付者つまり普通のエホバの証人ほど寄付金の使途誤認が成立しやすいという構造的問題を可視化しました。その寄付は本当は何に使われているのか?
昨日の記事の続き。エホバの証人の記念式の開催を執拗に許可しようとしている東京某市の公共施設とのやり取り。
「法事禁止」のホールでキリスト君の死の記念式の開催を認めるってどうなの?とか、公共施設で子どもに酒回すってどうなのさ?と詰めたところ、以下の返信。
エホバの証人が毎年、春先に記念式と称して公共施設を使用している件。同記念式では子どもにも漏れなく赤ワインが回覧されるので、「未成年者への酒類提供」を容認するのは公共施設としていかがなものか?と私が把握した限りの600を超える全施設に照会。
【緊急】2026年エホバの証人の記念式:直前リーク第1弾 ヨコハマが熱い!!
今回は都内某市のホールの対応を紹介。
以下の文面で当初の照会。
2026年エホバの証人の記念式対策:指定管理者向け照会文面の紹介
指定管理者からの一回目の返信が以下。
エホバの証人の記念式を開催された関東某市の公共施設とメールのやり取り。
施設側へ事前に確認したところ、当該のホールは「アルコール持ち込み禁止」。
事後に独自ルートでエホバの証人側に確認したところ、記念式で「未成年者にも赤ワインを回した」ことを認めた。
それで、「いったいどうなってんの?」と施設側にメールを送ったところ、「アルコールを飛ばしているからOK」という回答。
こちらからは、「アルコールの有無はどうやって確認したの?」というメールを再送。ここまでが昨日までの記事。
それに対する施設側の回答が以下。
昨日の記事の続き。エホバの証人に記念式を開催された関東某市の公共施設。事前のやり取りでこのホールは「アルコール持ち込み禁止」と確認をとる。
そして、事後になったのだが、当該のエホバの証人がこの施設での記念式で未成年者にも赤ワインを回したことを独自ルートで確認。
というわけで、施設側へメール。
エホバの証人が毎年、春先に記念式と称して公共施設を使用している件。同記念式では子どもにも漏れなく赤ワインが回覧されるので、「未成年者への酒類提供」を容認するのは公共施設としていかがなものか?と私が把握した限りの600を超える全施設に照会。
【緊急】2026年エホバの証人の記念式:直前リーク第1弾 ヨコハマが熱い!!
今回は関東地方某市のホールの対応を紹介。
以下の文面で当初の照会を行った。
2026年エホバの証人の記念式対策:指定管理者向け照会文面の紹介
指定管理者からの一回目の返信が以下。
エホバの証人に対して強く発言すると、ふと、エホバの証人があまりにもボロすぎるから、弱者をいたぶっているような気持ちになることがある。まさか私が加害者側なのか?と一瞬思ったりもする。
でも、冷静に整理してみたら、ぜんぜんそんなことはなく。批判しているのは“加害構造”であって、弱者を叩いているわけではない。加害構造を告発・糾弾しているにすぎない。
このあたり、誤解されやすいので記事化。
エホバの証人2世の最大の異常はこれ。死ぬ予定で育つということ。これは比喩ではなく事実。
エホバの証人2世は、“死ぬ予定”という前提で育つ。
エホバの証人として生きて、ハルマゲドンで死なないようにすれば良いって?バカ言ってんじゃねぇよ。下らん宗教強制してくんじゃねぇよ。信教の自由ってどこいったんですか?
一般家庭の子どもは、 小学生の頃から自然と“将来”を意識し始める。
これらは、家庭・学校・社会の中で自然に形成される「人生の地図」。しかし宗教家庭では、この地図が最初から存在しない。宗教2世は、将来設計という概念そのものを奪われて育つ。
あったとしても、宗教の作り出した仮想世界におけるモノ。現実世界では役に立たないどころか有害でしかない。
#エホバの証人 #jw だんじりで人か死んでも、 何も言わない背教者
— 星を継ぐ者 (@plasmaSeven7) October 10, 2026
エホバの証人らしき奴「だんじりで人か死んでも、 何も言わない背教者」
なぜ批判者はあらゆるモノを批判しなければならないのか?
無知な領域に口出しするのを避けるのは当然だし、興味のないモノを批判する必要などない。危険性をよく知っていて、自ら体験したモノだからこそ、批判するわけで。
「他にも悪い奴がいる。」これカルトな連中の常套句。巨悪が言うなよって話。
巨悪が小悪を持ち出す構図は、自らが悪であることを否定できないために、批判の矛先を転じさせるための詭弁。
スピード違反で捕まった奴が「皆、速度超過してるだろ」って言うのと同じ。「だからどうした」って話。
宗教2世として生きていると、「親を棄ててはいけない」「親を許すべきだ」「親子の絆は切れない」といった“日本的な親子物語”の中に自分を当てはめようとしてしまうことがある。あるいは、宗教の後遺症として、「親を棄てるのは悪だ」「親を見捨てるのは罪だ」という呪いが心の奥に残っていることもある。
宗教親を棄てるというテーマは、「冷たいかどうか」ではなく、親子関係の契約違反をしたのは親の側であるという構造の話。宗教親が親子関係の契約違反をした瞬間に、 宗教2世は“親子の物語の外側”に立たされる。
この辺の話を連日とりとめもなく書いているが、一旦まとめ。