◆宗教親の謝罪は軽くなるしかない
私の親がエホバの証人を脱会した後、ホントに軽く謝られたことがある。宗教親の謝罪が軽い感じになるしかないのは、構造的に当然。返せないモノは返せないから。
◆宗教親が奪ったモノは「謝罪の対象外」
宗教親が奪ったのは、“謝って済む”類のモノではない。
- 幼少期
- 自由
- 安全
- 人格形成の基盤
- 進学の機会
- 社会経験
- 将来設計
- 経済力の基礎
- 医療拒否による生命の危機
- 親子関係そのもの
これらは、謝罪という形式では処理できない損害。「ごめん」で済む問題じゃない。壊れたコップや忘れた約束のような “可逆的な損害”ではなく、不可逆的な損害。幼少期も人格形成も人生の基盤も、やり直しがきかない。宗教親が奪ったモノは、そういった不可逆なモノ。だから謝罪は軽くなるしかない。重くしようがない。

