Xにて「PIMOはすぐにやめるべきなのか?」論争
Xで「PIMOはすぐに脱会するべきか」という話を見かけた。この辺は定期的に話題になるので、以下の記事などで何度か書いたが、根本的な考えは変わっておらず。
エホバの証人をやめるべきときは異なれど、やめる決意をするのは「今」
エホバの証人を「信じてないのに信じている」ふりをすることの罪
PIMOとは何か
“PIMOという自己欺瞞──家族を理由に停滞する弱さ、自由は行動した者にしか訪れない。” の続きを読む
Xで「PIMOはすぐに脱会するべきか」という話を見かけた。この辺は定期的に話題になるので、以下の記事などで何度か書いたが、根本的な考えは変わっておらず。
エホバの証人をやめるべきときは異なれど、やめる決意をするのは「今」
エホバの証人を「信じてないのに信じている」ふりをすることの罪
“PIMOという自己欺瞞──家族を理由に停滞する弱さ、自由は行動した者にしか訪れない。” の続きを読む
先日、この記事にこんなコメントが届いた。過去記事を毎日Xに投稿しているので、そのためかと。
エホバの証人の子供たちは,野外奉仕を喜んでしています。手紙を書いたり,学校でクラスの友達や先生に証言したり,家の人に証言したりしています。
あなたは,ただ強い勇気と確信がなかったので強い信仰がでなかっただけです。もっと強い勇気と確信を抱けるようにしてください,と祈ればエホバに喜ばれたはずです。
「エホバに喜ばれた」という気持ち悪さマックスの表現から、現役エホバの証人と思われる人物からのコメントみたい。
不思議なことに、この人は「エホバの証人の子供」でも、「あなた」こと私でも、ましてや「エホバ」でもないのに、なんで、それぞれの心の中が分かるんだろうね?
分かってるわけがないので、分かっているつもりというか思い込みというか、もはや病的。まぁ、それをエホバの証人と言うんだけども。
““信仰が足りなかっただけ”というコメントに、30年越しの答え合わせで返してみた” の続きを読む
昨日の記事で、エホバの証人の関連施設すべて出禁になってスッキリくっきり良い気分と書いた。
私はエホバの証人をやめる場合、自然消滅より断絶を推奨しているんだけど、それもこの辺のスッキリ感と似ている。私の言う断絶というのは、こちらからエホバの証人を断絶して脱会するということ。
家族親族に現役信者がいて人質にとられていないんだったら、自らエホバの証人を断絶して、明確に敵対関係にあると示したほうが良い。
なんかスッキリするから。
言いたいことも言えないこんな世の中じゃないんだから、言いたいことはスッキリハッキリ言ったほうが良い。ものみの塔やエホバの証人が嫌いで、オレとお前らは敵対関係にあるんだと。心の底からエホバの証人という宗教を恨んでおり、憎み、忌み嫌っていると。
そうではなく、エホバの証人にも良いところがあるなんて、少しでも思っている人は、まだ治ってないから。モノゴトを多面的に見るようにしましょうね。
その良いところって、他の極悪なことでもってすべて消し去られるくらいの極小かつ個人的、局所的な事象だから。
“エホバの証人を断絶する。むしろ訴えて寄付金を取り返して脱会する。” の続きを読む
『マインド・コントロール 増補改訂版』「第二章 マインド・コントロールは、なぜ可能なのか」
矮小な自己愛しかもたないものにとって、見かけ倒しに過ぎないとしても、自信と確信に満ちて「真実」を語るものは、強烈なインパクトをもって迫ってくる
無根拠な自信と確信に満ちて、自称「真理」を語る、見かけ倒しにすらならないエホバの証人に騙される。
自分もまた特別でありたいと願いながら、しかし、何の確信も自信ももてない存在にとって、「真実」を手に入れたと語る存在に追従し、その弟子となることは、自分もまた特別な出来事に立ち会う特別な存在だという錯覚を生む
錯覚。そんな簡単に「真実」や「真理」が手に入るはずがない。エホバの証人は甘いんだよ。
自分中心に考えてるから、何でも特別だと思っちゃう。教団も特別、私も特別、教理も聖書も特別だと。違うから。エホバの証人はありふれた偽物に過ぎない。
“エホバの証人としての人生は全否定し、全部捨てろ。” の続きを読む
最近、本気で書けないというか、書く気にならないので、下書きに保存されてたやつを・・・。
twitterで現役エホバの証人信者と絡んでいると、「喧嘩腰だ」とか「批判したいだけ」と言われるけれど・・・それは、違う。私がやりたいのは救済。
喧嘩腰でふっかけたり、盛大に批判から入るのはとっかかりで、怒らしたりムキにならせた方が、逃げられにくい(ケースがある気がする)。
(普通にムカついたり、面白くてついついツッコんでしまうこともある。こっちも人間なので。そもそも昔から、私が2世信者だった頃から、エホバの証人が大っ嫌いだから、思ったことをそのまま言えば、当然言葉はキツくなる)
場合によっては、ヘビのような狡猾さで、子猫みたいに喉を鳴らして接触することもある。
現役エホバの証人と関りをもち、彼らのマインドコントロールを解除する。
これを20万回続ければ、日本からエホバの証人は消滅する。
800万回やれば、地球中からエホバの証人は消える。
とうてい無理な話だと思われるだろうが、私はそうは思わない。
キリストだって、信じる者は山を動かすと言っている。可能性はとめどない。
“本気で信じれば、エホバの証人を世界から消滅できる” の続きを読む
エホバの証人の論理的アキレス腱、BC607年エルサレム陥落。エホバの証人が持ち出してくる根拠がものみの塔の記事。2011年の『古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか-第1部』。
霊感のもとに記された聖書からの証拠がエルサレムの滅びは西暦前607年であったことをはっきり示しているのであれば,多くの権威者たちが西暦前587年という年に固執しているのはなぜでしょうか。それらの人が典拠としているのは,二つの情報源 ― 古典史家の書いた物とプトレマイオスの王名表 ― です。この二つは聖書よりも信頼できるものでしょうか。調べてみましょう
ここにものみの塔の欺瞞が集結している。
“エホバの証人のエルサレム陥落BC607年を陥落させる” の続きを読む
「最後の直線コースを全力で駆ける走者のように,命を目指す競走のゴールを目指してひたすら走り続けましょう」ってな塔の煽りを無視する偽エホバの証人。
まあ、そうでないと終わりなんか来ないんだから続けられないよな。その趣味。#エホバの証人 https://t.co/cIp2RSh8vf— 山羊男 (@jw2nd_com) December 17, 2024
ものみの塔は発足以来150年も、信者たちにラストスパートを強いている。そりゃ小賢しい信者は、いろいろ言いわけをして本気の全力疾走でエホバの証人活動をしないわけで。
だったら、もう少し賢くなって脱会すればいいものを。そこまでは考えが至らないというか、生き方を変えるエネルギーが無いのか、残念すぎるエホバの証人たち。
心と知力を尽くして奉仕するために、自分をよく養う必要がありますね。
それができないほど追われているなら、生活習慣を見直したり責務の一部を委ねたりします。「精力的に励みなさい(字義:戦っていなさい)」と述べたイエスも、休息を取ったり、時には婚宴に出たりもされました。 https://t.co/Q7XfcUWlM2
— JW2D (@Jw2_38d) December 17, 2024
“現在の悪い生活習慣、エホバの証人という生活習慣を見直せ” の続きを読む
エホバの証人の初学者マインドコントロール用教材『いつまでも幸せに暮らせます』。レッスン32『神の王国はもう存在している』。
「お前はもう死んでいる」というか「お前は妄信でいる」みたいなタイトル。このレッスンを崩せば、論理上はエホバの証人の信仰を崩せる。
エホバの証人のマインドコントロール解除に向けて、現在取り組んでいるのは、以下手順。
レッスン序盤で、聖書がエホバの証人が言うほどには信用できず、現在が終わりの時代ではないというのを示す。
さらに、このレッスン32でエホバの証人の論理的アキレス腱BC607年を崩す。
畳みかけるようにエホバの証人の不義を並び立てる。
結論、エホバの証人は偽予言者。晴れてマインドコントロール解除。そして脱会。
というご都合ストーリー。
検証を繰り返して成功率を高めていけば、ご都合ストーリーが事実になっていく。日本には20万人もエホバの証人がいるので、検証には事欠かない。
エホバの証人の教材暴露:レッスン05、バカバカしい定番例え話
“エホバの証人の教材暴露:レッスン32、宗教道楽三昧のいったいどこが困難で危機的?” の続きを読む
『みんなの宗教2世問題』5章「宗教2世はいかに描かれてきたか」。
村上春樹の『1Q84』について。作中にエホバの証人をモデルにした新興宗教が登場する。その宗教の2世信者が脱会後に感じる苦しみ。リアル世界のエホバの証人2世にも共通する。
信仰を捨て、教団を離れたのに、世間を忌避するように求められながら育ったために、一般社会の共同体になかなか馴染めない。そして信仰を捨てたにも関わらず、かつて信じていたものを全面的に否定できるかと言えば、そうでないことも多く、その葛藤が不安をはぐくんでいく
脱会後もカルトの呪いに囚われ、社会になじめない。これはこれでキツイ。しかし、多かれ少なかれ誰でも同じような悩みは抱えている。所属する組織が変われば、なじみにくいこともある。
“エホバの証人脱会者で治っていない人、解けていない人” の続きを読む
『みんなの宗教2世問題』5章「宗教2世はいかに描かれてきたか」。
村上春樹の『1Q84』から。エホバの証人がモデルの宗教の2世信者が出てくる。主人公の宗教2世の青豆という女性は、10才で宗教を脱会。
十歳より前に起こったことを残らず忘れてしまおうと、彼女は長いあいだ努力を続けてきた。私の人生は実際には十歳から開始したのだ。それより前のことはすべて惨めな夢のようなものに過ぎない。そんな記憶はどこかに捨て去ってしまおう。
エホバの証人の脱会者も同じ。宗教を強要された恥辱に満ちた脱会以前の生活は忘れてしまいたい。暖かな子ども時代の記憶を持たないまま、家族からは信仰を違えたことを理由に忌避される。
家族も、家族のハマっている腐った宗教のことも忘れてしまいたい。新しい自分に生まれ変わりたい。宗教を強要されていた悲惨な幼少期のことは忘れ去ってしまいたい。
しかし、そうもいかず
どれほど遠いところに行こうと試みても、結局はここに戻ってこなくてはならない
幼少期に受けた屈辱と傷が完全に消えることはない。忘れ去ることはできない。
それならばと、私も戻ってきた。
私は脱会後、エホバの証人のことは忘れ、一切関係ない顔をして20年近く生きてきた。しかし、エホバの証人のことは、どうしても消し去ることができない私の人生の恥部だった。
だったら、エホバの証人のほうに消えてもらうしかない。
そして、エホバの証人が悪だと知っている者、エホバの証人がもたらす災いを知っている者として、エホバの証人を見逃すことができない。地の果てまで追いかけ、エホバの証人をこの世から消し去る。
“忘れることのできない宗教強制の恥辱、エホバの証人脱会に犠牲は伴わない。” の続きを読む