カルトに勧誘するのは勘弁してけれ
『カルトの花嫁』8章。この章は読みどころ満載。
カルトや宗教について、著者は次のように書いている。
宗教がすべて悪いとは思わないし、否定をするつもりもありません。自身が必要だと思えばとことん信じればいいと思うのですが、
と前置きをした上で
正体を明かさないで人を誘ったり、多額の献金を申し受けたり、物品を買わせたり、先祖の霊が苦しんでいると言ったり、献金を増やすために信者獲得活動を強制したり、夫婦、家族関係、友人関係が破綻するまで教祖に献身させる教団に決して人を誘い込まないでほしい
エホバの証人の場合は、
世界の終わりを予言して恐怖で信者を縛りつけたり、有害な宗教本に寄付金を払わせたり、献身させて人生そのものを搾取したり、信者を増やすために布教時間を半強制で報告させたり、体罰で子供を傷つけたり、ゆがんだ性教育を施して組織内を児童性虐待の温床にしたり、輸血拒否をさせて命を投げ捨てさせたり。
そして、夫婦、家族関係、友人関係が破綻するのはカルト共通。
最初から神頼みが不幸になる理由
マインドコントロールで思考停止させて人生を搾取する宗教は要らない。例えそんな宗教を必要だと思っても、それは騙されているだけ。私は、騙されてカルトに人生の全てを奪われている人々が、とことん信じればいいとは決して思えない。
騙されているものは騙されていると。悪いものは悪いと。はっきり指摘すべき。「あなたはカルトに騙されて、悪の手先になっているんですよ」と。
一部の神職とか聖職者は別として、そもそも人は宗教なんかなくたって生きていける。神頼みなんか最後の最後で良い。
「人事を尽くして天命を待つ」というように、まず自分でできることをやり尽くす。周囲の人間にも働きかけ成すべきことを成す。その上での神頼み。なにも努力しない人間に神が微笑む訳がない。
この努力というのは、神や宗教に対する努力ではない。問題に対する直接的な働きかけ。
家族関係が悪いんだったら、対話の時間を増やす、早く帰宅する、相手を思いやる、とことん話し合う、という努力。
「家族関係が良くなりますように」と祈ることではない。『あなたの家族関係を幸せにする』という宗教本を読むことでもない。これらは人事を尽さず最初から神頼み、宗教頼みの現実逃避。
宗教本を読んでも良い。そこに家族の問題を解決するヒントがあるのなら。エホバの証人などのカルトの場合はそれが無いから、数多の家族に不和をもたらす結果になった。
本を読んで家族の問題を解決しようと思うのなら、様々な立場の著者の本を10冊くらい読むとか。そういうのが努力。安易にカルトの宗教本だけを読んで、問題を解決した気になっているから、問題が深くなる。
病気に不安があるんだったら、医者を探し回る、医療に関する本や同じ病気で苦しむ人の本を読む。生活習慣を変える、適切な運動をするという努力。
「病気が治りますように」と祈ることでも、宗教の言いなりになって適切な治療を拒否することでもない。ましてやハルマゲドン後の楽園で完全な体に生まれ変わるという妄想を抱くことではない。
“人事を尽さず最初から神頼み、宗教頼みの現実逃避で人生は暗転する” への1件の返信