神より大事なスマートフォン、神は博物館にでも飾っておけばいい

この国の異常さ

今読んでいる『芸能人と新宗教』。

第一章から。

世論調査などの結果からすると、創価学会の実際の信者数は200万人から300万人くらいのあいだ

著者はだいたい250万人だという自身の考えを明かした上で

いまの日本にこれだけの数の人間を組織している集団は、創価学会をおいてほかにはありません

と書いている。この層が政治やメディアに影響及ぼしている。

創価学会員すべてが宗教第一とするアクティブ会員ではないとしても、先祖古来の宗教を捨てたとか、無自覚に親の創価学会を引き継いでいる2世信者であることには違いない。つまり人生絶賛迷い中。

彼らは政教分離という原則がなんのその、選挙になれば公明党に迷いなく投票し応援する。

パチンコシステムと変わらない。パチンコ店は換金しないが、景品交換所でスムーズに換金できる。景品交換所とパチンコ店は何らかの関係にあることは大人の事情で明白なわけで。

創価学会は政治とは関係ない体裁ではあるが、密接に関係した公明党を通して国権に意思を及ぼしている。

大きな矛盾を抱え、自身の努力でなく宗教第一という生き方の迷える層が世論や政治に大きな影響を及ぼしているのが今の日本。

私の思想は、宗教など無くとも人は生きていけるし、自身の努力のみが未来を切り開くのであり、神頼みは最後の最後。こんな私から見ると現実逃避集団の意思があたかも国民の総意のように扱われているこの国の現状が異常であり恐怖。

『芸能人と新宗教』~法の下の無法地帯、宗教法人の認証制度とは

人事を尽さず最初から神頼み、宗教頼みの現実逃避で人生は暗転する

神よりスマフォ

第二章から。

新宗教は、「既成宗教」と対立するものと考えられています

と書きつつ、

教祖が神がかりして開いたような新宗教であっても、そこで信仰される神は既成宗教の信仰を基盤にしていて、その点では、まったく新しい神が突然出現したというわけではない

つまり、新宗教は既成宗教の焼き直し。二番煎じ。本書では創価学会は法華信仰を元にしていることが書かれているし、エホバの証人も自称クリスチャン。そのキリスト教自体もユダヤ教の派生。

二番煎じの新宗教は特段なくても良い。既成宗教のおまけのようなモノ。そんなモノに人生を搾取される被害者が存在する。

現代日本においては既成宗教ですら、人生のスパイスに過ぎない。神に頼らずとも大半の人が最低限の文化的生活を営める。例えば

神かスマートフォンか、どちらを現代に残すべきだろうか?間違いなくスマートフォン。人類の大半の人々はもはや神を必要としない。神よりスマフォの方がありがたい。

「神がいなければ人間がおらずスマフォも生まれなかった」という反対意見が出そうだが、一万歩くらい譲って創造論という無理ゲー神話の前提に立ってひと言。

「では、そのありがたい神はもはや必要ないのだから、博物館にでも飾っておけばいい」

既成宗教ですら微妙な神を必要としない現代においては、人生搾取の被害者を生むだけの新宗教など真っ先に消滅させるべきものなのだ。


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