エホバの証人家族との縁の切り方
『カルトの花嫁』9章「自己破産して生き延びる」。この章で、著者はいまだにカルトの支配下にある母親と物理的に縁を切る。
著者の母親は
信仰のために家族がばらばらになって、誰一人として幸せになれてもいないのに、それから抜け出せない
状態。どのカルト被害者もこれと同じで、人生を良くしたい、抱えている家族問題を解決したいという、当初の入り口をすっかり忘れてカルトの言いなりになる。
この世で最も汚らしいカルトの教理を唯一神聖だと思い込む。そうすることで、不甲斐ない現実から逃げている。
この母親と物理的に縁を切るために、著者は住民票に閲覧制限をかけようとする。従来は宗教による家族関係にはこの制度が該当しないとされてきたのだが、著者はこの壁を超えた。
住民票の閲覧制限は、警察、配偶者暴力相談支援センター、児童相談所の意見を聞き、各地方自治体が決定する制度。ということは、各機関の判断があれば、あとはお役所仕事。いずれかの専門機関が
「児童虐待及びこれに準ずる行為」として認められれば
カルト家族と縁を切ることができる可能性がある。
エホバの証人の場合は、いまだに公式サイトで体罰が必要でしょうと書いているので、ここのハードルは低い。
エホバの証人家族が実際に子どもに体罰を加えた加えないの話ではなく、体罰を現在進行形で推奨している宗教に入っているというだけで住民票の閲覧制限をかけることができる可能性がある。
大人のエホバの証人が子どもに与える悪影響は計り知れない。子どもにとって大人の言うことはすべて真実に映るし、考え方も大きく影響される。
「ハルマゲドンがー」とか、「復活がー」とか「サンタクロースはいない」とか言ってしまう愚かな大人を子どもたちに近づけるべきではない。
サンタクロース否定が愚かな理由は、エホバの証人とクリスマス、子どもの夢を奪うカルト
カルト家族との縁を切ることが単純にベストではないはずだが、本書の著者は以下のように書いている。
住民票の閲覧制限をかけて、母親が訪ねて来ることがなくなり
心は安らかになっていきました。この心の平安というものが、幸せな人生を築くために不可欠な要素であることに、この時初めて気づかされた
と。さらに
誰からも抑圧されない生活を送ることの解放感、自由、うれしさ
があったと。
どうしようもない人たちからは逃げたって良いし、捨てたって良い。そのことで自分を責める必要は一切ない。それは自分を守るための方法だから。自分のことを守れない人間が家族を守ることはできない。家族を守るために、家族を捨てるという決断が必要になるケースもある。
エホバに仕える人たちも,住民票
の協力しています。
あなたの理解が間違っています。
エホバの証人は,住民票の閲覧を
してはいません!
全てあなたの思い違いです!
「エホバの証人は,住民票の閲覧をしてはいません!」ってどういうことだよ?あんたはエホバの証人代表なの?
思い違いしてるのはおたくだよ。
他人の理解を問う前に、まず自分の理解だろ。
「住民票の協力」ってなんだよ。なんか知らねぇけど、そんなモノは良識ある一般市民なら当たり前なんだよ。「エホバに仕える」とか意味不明なこと言ってるヤバイ奴らは知らないけど。