王国会館を通報せよ

調教方式のエホバの証人の体罰

警察庁の2019年の犯罪統計によると児童相談所に通告した子供の数が過去最多となったとのこと。児童相談所に通告した18歳未満の子供の数はは10万人弱、そのうち身体的虐待が2万人ほどだと言う。周囲にエホバの証人2世の子供がいる人は積極的に子供に通告させる、自ら通告するという行動を取れる時代になったということである。エホバの証人は子供のお尻をベルトや素手で叩くという調教方式なので身体に証拠は残らない。しかしエホバの証人2世の子供たちの心に大きな傷が必ず残る。周りの正常な大人たちがそれを救わなければならない。

エホバの証人の集会が開かれる王国会館には“こらしめ”用の部屋がある。こらしめというのは完全なる体罰のことである。下らない自己満足の講演がされている間に子供たちは当然大人しくしていることは出来ない。それをこらしめという体罰で抑えつけて子供の心ごとのっぺりと平らにして洗脳していくのである。静かに2時間座っていられる子供が模範的な良い子供、神エホバや両親からも愛されるのだと体罰の恐怖で思い込ませるのである。

こらしめ用の部屋は密室になっていて外に音が漏れない。私がしこたまお尻を叩かれていた30年以上前でもエホバの証人組織側は虐待を”疑われる”可能性があるので密室で外に子供の泣き声を漏らさないように体罰を行えと信者に通告していた。エホバの証人の世界では組織的に伝統的に子供への虐待が行われているのである。こらしめ用の部屋には掃除機があって掃除機のホースで子供の私は思いっきり引っぱたかれていた。30年以上前の光景がまざまざと目に浮かぶ。

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カルトという完全悪

親族を巻き込むほど不幸になるエホバの証人

1990年、私の両親は小学生だった私を連れて田舎に引っ込んだ。親族をエホバの証人の組織に引き込むためである。しかし幸いなことに私の親族は誰も両親の声に耳を傾けなかった。これで親族一同がエホバの証人になっていたら、これは最大の不幸だった。今となってはエホバの証人をやめた私の両親だが、親族までカルトに引き込んで不和の原因を作っていたらと考えるとその罪悪感たるや計り知れないものがある。

親族の中では一番クレバーそうな私の父親がどっぷりとエホバの証人の組織に落ち込んでしまったのは不思議なものがある。それほどカルトの罠というのは人の心のわずかな隙を突いて、周到に被害者の心をがんじがらめにしていくものなのだ。

エホバという偽神、ものみの塔という偶像

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田舎へ引っ込む理由はものみの塔という偶像のせい

田舎暮らしのエホバの証人

小学校4年生になるときに私の一家は北陸の田舎へ引っ越すことになった。両親双方が北陸出身だったので、両親それぞれの実家の間に引っ越すことになったのである。両親は私が多感な少年期を迎えて都会にいるとこの世”の誘惑に晒されるという思いもあって田舎に引っ越すことを選んだようだった。

これが良かったのか、悪かったのか、私は10代半ばになると見渡す限り田んぼしかないこの田舎町が大嫌いになった。こんな所を離れたいという思いも相まって、エホバの証人を絶対に止めて親元を離れるのだという強い決意の元となった。小学校4年生の時の引越しが、私が14歳になるかならないかの時にエホバの証人を止めることが出来た原因の一つでもあった。

確かに元住んでいたわりと都会と言える地域のエホバの証人の子供たちはもうちょっと大きくなってからエホバの証人を”やめた”、組織から”離れて”いたというイメージがあった。

幼児に性的虐待を行っているエホバの証人

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14歳の決別と救いのない宗教

14歳の決別

二度目のお問い合わせを頂きました。お名前からすると男性の方のようで私と同じような境遇だったということです。コメントやメッセージ、批判悪口でも大歓迎なのですがやっと2人目の方からメッセージを頂きました。現実世界同様にブログの中でも私には何らかの壁(ATフィールドのようなもの?)があるのだろうかと思ったりもします。これがエホバの証人2世だったことに起因するものなのか単なる性格によるものなのか?とにかくメッセージを頂いた方にはお礼を申し上げます。ありがとうございました。嬉しかったです。

その方のメッセージによると私と同じような年齢でエホバの証人2世をやめたということです。14歳だとか15歳になるとエホバの証人である両親との決別というものが視野に入って来ます。頂いたメッセージの中に決別という言葉がありました。”きっぱりと別れること”という意味です。別れる対象がカルトという完全悪なら良い言葉です。私も”もう集会に行かない”と両親に告げた14歳の夜以来エホバの証人と決別しています。あの夜から20年以上経ち今ではやっと過去を掘り起こして逆ものみの塔側に一矢報いようとこの活動を始めてしまった訳です。

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遅効性のエホバという毒

消滅するエホバの証人の人間関係

私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。両親はともに熱心なエホバの証人で9歳のときに田舎に家族で引っ越すことになる。私は田舎の中学校に通うことになったのだが同学年にエホバの証人2世が私を含めて3人いた。我々エホバの証人2世3人はものみの塔協会が禁止している学校の行事などには参加しないというスタンスで足並みを揃えていた。

しかし私は中学2年生のときに自分の意志でエホバの証人をやめる。私がエホバの証人をやめたことで他のエホバの証人2世の2人との交流は無くなった。もともとお互いにエホバの証人2世だったという理由でつながっていただけの関係である。誰かがエホバの証人組織をやめればその関係は消滅するのである。

エホバの証人をやめることでエホバの証人組織の人間関係はほぼ全て失われる。むしろエホバの証人をやめる側の当時の私からすれば、気味の悪い新興宗教団体に属している人間との接触は避けたいのである。またエホバの証人組織の人間に関わると自分のエホバの証人2世として育てられたという暗い過去を思い出すことになる。

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エホバという猛毒

辛く悲しいエホバの証人の神権家族

私は生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。私の家庭はいわゆる神権家族だった。神権家族というのはエホバの証人組織の中での呼びかたである。両親ともにバプテスマを受けて兄弟姉妹と言われていて、子供たちも当然のように信教の自由を保障されることなくエホバの証人2世として育てられている家庭である。

片親だけがバプテスマを受けていてその子供である2世もバプテスマを受けていても、もう片方の親が未信者である場合は神権家族には該当しない。神権家族であり父親が長老だったので私は会衆内での立場も子供ながらに優遇され一目置かれていた。しかしその当時にはそういう意識はなかった。

中学生になったときに神権家族でない同級生のエホバの証人2世が先にバプテスマを受けた。私の両親は口には出さなかったものの私にも早くバプテスマを受けてものみの塔協会に献身して欲しいという思いがあった。その同級生の親のことを羨んでいた。しかし私はこの頃には既にいかにして早くエホバの証人をやめるかということを考えていたので全くプレッシャーなどは感じなかった。しかし親の期待や希望に沿えないということが10代中盤の私にとっては辛く悲しいことだった。

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根幹がエホバという虚しさ

エホバの証人2世のレク

私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。両親ともに熱心なエホバの証人で子供の頃から厳格なものみの塔協会の教義を適用されて育てられた。ちょっと遊びに外に出かけたいと言っても今日はエホバの証人の集会があるからダメ、一緒に遊びに行く友達がエホバの証人にとって”ふさわしくない”場合はNGとなる。

このふさわしい、ふさわしくないは親の主観である。近所で札付きのワルとかになるとエホバの証人的には絶対にNGである。エホバの証人の子供は”模範的”でなければならないと育てられるので、ものみの塔協会の規範だけでなく世間的に見てもお利口でなければならないのである。エホバの証人は自分たちの組織に属していない人々をこの世”の人々と、蔑み憐れんでいる。その”この世”の規範に外れているなんてエホバの証人的には有り得ないのである。

私はエホバの証人2世としてちょっと外へ遊びに出るにも制限のある子供時代を過ごした。半年に1回の野外集会、たまにある奉仕活動のあとのリクリエーションが公式に遊ぶことが許される機会だった。1980年代のエホバの証人は何故か遊興のことをリクリエーションだとかレクリエーションという呼び方をしていた。現在でもそうなのだろうか。起源がアメリカ合衆国にある新興宗教だからだろう。英語の出版物をよく考えずに訳しているのでこんな不自然なことになるのである。

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多くのエホバの証人2世へ

エホバの証人2世の人たちへ

私はエホバの証人2世としてほぼ生まれながらにして育てられた。14歳のときに自分の意志でエホバの証人をやめた。両親は熱心なエホバの証人だったので初めてもう集会には行かないと告げたときのことをよく覚えている。心を引き裂かれる思いだった。両親の期待と愛情を裏切る気持ちだった。

同じようにエホバの証人をやめたいと願っているが行動に移すことが出来ない2世の人が多くいる。その人たちの覚醒に少しでも役立つことが出来ればという思いで私はこのブログを書いている。

エホバの証人2世の人たちへ。あなたが本当にエホバの証人の親から愛されているかどうかはあなたがエホバの証人をやめた後で明らかになる。エホバの証人信者たちはよく”親ゆえ”に子供たちが信仰を守っていると言う。同じようにあなたの親はあなたがエホバの証人であるがゆえに”愛してくれているのではないだろうか

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エホバの証人親子の適切な関係

14歳の決意

私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。両親はともに熱心なエホバの証人だった。私は10歳を過ぎた頃にいつかエホバの証人をやめたいという漠然とした希望を抱き始めた。大人になって独立したらエホバの証人をやめられるかも知れないというその程度の願いである。

この願いが14歳になる前に強い決意に変わる。私がサッカーに熱中し始めたからである。王国会館に通ったり伝道奉仕活動に出かけたりする無駄な時間をサッカーの練習をする時間に充てたいと思い始めたのだ。しかしこの決意を私はなかなか両親に告げることが出来なかった。

エホバの証人をやめると決意した後も何ヶ月間もダラダラと集会に通い”割り当てられた”神権宣教学校のプログラムもこなしていた。伝道奉仕活動にも参加し続けていた。この頃は本当に精神的にきつかった。やらなければならないこと、やりたいことは明らかなのにそれを出来ないのである。その邪魔をしているのは何よりも私を愛している両親なのだ

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父親に褒められたいというエホバの証人2世の叶わない願い

人生の意味とは

私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。幼稚園や保育園で幼少教育を受けることなく母親にものみの塔協会の伝道活動に連れ回される日々を過ごした。小さな頃に体を動かしたり歌ったりという機会が少なかったために私は運動が全く出来ず音楽的な才能も皆無だった。

音痴でスポーツが全く出来ないということが私は嫌で仕方がなかった。思春期になればなおさらである。自分がエホバの証人2世であるということと同じくらい体育や音楽が出来ないこと、絵が尋常でなく下手なことが嫌だった

しかし熱心なエホバの証人だった両親はそんな私の悩みなど気にも留めなかった。スポーツがダメでリズム感が皆無でも良い、ものみの塔協会の活動さえしっかり行っていればハルマゲドンを通過し楽園で永遠の命を得ることが出来ると信じていたのである。心の底からただの一つも疑うことなくである。これが危険なカルト教団による洗脳の結果である。

この世の終末が近いのなら成さねばならないことはものみの塔協会の活動などではない。自分の心に沿って本当にやりたいことを行わなければならない。それが限りある命に意味を持たせる方法である。エホバの証人だらけの世界でだらだらと生き続けることに価値など全くないのである。私は14歳のときにこの考えに至りエホバの証人をやめた。

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