エホバの証人2世の子供の不幸

体罰と愛情と恐怖による洗脳による強制

田舎へ引っ込んだ両親はますます熱心にエホバの証人の活動に集中するようになった。父親は会衆の長老になり母親は正規開拓者として熱心に伝道活動に従事していた。私もそれに引きずられてエホバの証人2世として集会や伝道などものみの塔協会の活動を中心とした小学校高学年を送ることになった。もちろん強制的にである。

内心、嫌ではあったが小学生だった私が親に抵抗する術は無かった。兄弟もおらず両親ともにエホバの証人だったので、今日だけは集会に行きたくない、そう言い出すことすら出来なかった。待っているのはこらしめという名の体罰である。体罰も理由の一つではあったが洗脳状態の両親からですら愛情を得なければ物質的にも精神的にも生きていけないという要因もあった。

また、物心ついた頃からものみの塔協会に洗脳された影響も非常に大きい。天にはエホバという絶対的で愛に溢れた許しの神がいるのだが、彼のその許しの精神も間もなく限界に達し、自身の創造物全てを一旦焼き尽くそうとしている。その大患難を生き残るためには、しこしこと王国会館での集会に通い続け、終わりの日が近いと伝道して回らなければならない。私はそう信じ込まされていた。

田舎のエホバの証人の子供の不幸

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カルトという完全悪

親族を巻き込むほど不幸になるエホバの証人

1990年、私の両親は小学生だった私を連れて田舎に引っ込んだ。親族をエホバの証人の組織に引き込むためである。しかし幸いなことに私の親族は誰も両親の声に耳を傾けなかった。これで親族一同がエホバの証人になっていたら、これは最大の不幸だった。今となってはエホバの証人をやめた私の両親だが、親族までカルトに引き込んで不和の原因を作っていたらと考えるとその罪悪感たるや計り知れないものがある。

親族の中では一番クレバーそうな私の父親がどっぷりとエホバの証人の組織に落ち込んでしまったのは不思議なものがある。それほどカルトの罠というのは人の心のわずかな隙を突いて、周到に被害者の心をがんじがらめにしていくものなのだ。

エホバという偽神、ものみの塔という偶像

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田舎へ引っ込む理由はものみの塔という偶像のせい

田舎暮らしのエホバの証人

小学校4年生になるときに私の一家は北陸の田舎へ引っ越すことになった。両親双方が北陸出身だったので、両親それぞれの実家の間に引っ越すことになったのである。両親は私が多感な少年期を迎えて都会にいるとこの世”の誘惑に晒されるという思いもあって田舎に引っ越すことを選んだようだった。

これが良かったのか、悪かったのか、私は10代半ばになると見渡す限り田んぼしかないこの田舎町が大嫌いになった。こんな所を離れたいという思いも相まって、エホバの証人を絶対に止めて親元を離れるのだという強い決意の元となった。小学校4年生の時の引越しが、私が14歳になるかならないかの時にエホバの証人を止めることが出来た原因の一つでもあった。

確かに元住んでいたわりと都会と言える地域のエホバの証人の子供たちはもうちょっと大きくなってからエホバの証人を”やめた”、組織から”離れて”いたというイメージがあった。

幼児に性的虐待を行っているエホバの証人

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苦痛に満ちた少年時代

エホバの証人2世が初めて気付く違和感

私は小学校に入る1986年に1度目の引越しをすることになる。エホバの証人の会衆は変わらず小学校が隣の校区へ変わるだけだった。エホバの証人2世の子供は幼稚園や保育園といった幼児教育を受けないので仲の良い友達との別れというようなものは無かった。

そもそもエホバの証人2世の幼児にとってはエホバの証人の世界がほぼ全てである。引越しした先で小学校に入学した私は初めてエホバの証人以外の社会に触れることになった

引っ越す前に同じアパートに住んでいた男の子が地元のお祭りに行こうと”はっぴ”を来て誘いに来てくれたことがあった。お祭りは突き詰めると八百万の神々に対する感謝の行事なので異教のものとしてエホバの証人にとっては禁止事項である。私は母親に遮られてお祭りに行くことは出来なかった。

この時に感じた違和感を小学校生活では常に味わうことになる。この違和感に気付いたときはすでに遅すぎた。両親は後戻り出来るような健全な脳の状態をしていない。完全なものみの塔協会のマインドコントロール下に置かれていた。子供の私が何を言っても始まらない。待っているのはこらしめと呼ばれる体罰である。

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生まれて最初の記憶

最初で最後のバースデー

私が生まれたのは1980年である。両親の長男として普通の家庭で育てられるはずだった。しかし両親がものみの塔協会という新興宗教に献身(完全に入信してしまうようなもの)してしまうという不運に見舞われ過酷な前半生を送ることになった。

私は生まれながらにしてエホバの証人(ものみの塔協会の信者のこと)の2世(親がエホバの証人である子供)として育てられたと思い込んでいた。しかし最近発見した私が生まれた年のアルバムにはケーキにロウソクを立てて私の1歳の誕生日を祝っている家族の姿が写っていた。

ものみの塔協会は誕生日を祝うことを禁止しているので、私が1歳のときには両親はまだエホバの証人では無かったことになる。この前後の私が物心つく前に不幸の伝道者が我が家を訪れ両親をものみの塔協会に入信させてしまったのである。

この頃住んでいたのは名古屋市に近い街で都会の田舎という雰囲気のある場所だった。名古屋の市街地までは車ですぐだが自宅の周辺には大きな川があり田畑があり公園もある。コンビニやスーパーマーケットも家からすぐの場所にあるという住みやすい郊外都市だった。

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無駄死にのエホバの証人

エホバの証人の無駄死に

手元に2018年11月6日付けの新聞がある。

宣教活動の邦人女性殺害

という記事が載っている。中米グアテマラのペテン県で現地在住日本女性2人の家に何者かが押し入り1人殺害、1人重傷とのこと。2人ともエホバの証人の信者で現地で宣教活動を行っていたとある。何と26才と28才の女性である。無駄死にも良い所である。

地球の裏側まで行ってわざわざ押しつけがましいカルトの宣教をするなんて人生の無駄遣い、あげくに殺されて全てを失うとは言葉も出ない。周囲の信者は復活するからと慰めあうだろうが、そんなことないから。人間が復活する訳ないから。そんな一か八かの博打を一回きりの人生で打っちゃだめだから。ジャスト生涯、この一生が全て、残せるのは何らかの意志と財産、借金ぐらい。

若いエホバの証人へ

今でも私は街頭で立って伝道しているエホバの証人を見ると、同じことをやらされていた過去の自分の恥の歴史を思いだす。そんな中にまだ若い信者が混じっているのを見ると何とも勿体ないという気持ちになる。二十歳ぐらいを超えて自分でものみの塔協会という偽善団体に見切りをつけられないのは本人の責任と言えなくもないのだが、エホバの証人2世として小さな頃から育てられるとそんな判断能力も失ってしまいかねない。この世の中はもっと楽しいことや下らないことや辛い現実が山ほどあるのに、取り返しのつかない若い時、今この時、これは二度と戻らないのに、虚構の空間、王国会館に何故通い続けてしまうのか。そのままだと本当に無駄死にである。


家族の明日を考える

家族の明日を考える

週末や夕方の駅前で大きなボードを置いて『ものみの塔』や『目ざめよ!』だかの出版物を持って立っているエホバの証人を見るとゾッとする。思わず恥ずかしくなって目を背けてしまう。過去の自分を見ているかのような気がするからだ。

ああやって街頭に立ったり、家から家へと不毛に呼び鈴を押して歩いていたのがもう20年も前のことなのだが、未だにこの傷は癒えない。自分から街頭に立っているエホバの証人に話しかけて「オレ背教者なんだけど、このブログちょっと見て下さい」とやれるくらいに私も図々しいと良いのだがそうもいかない。

ちょっと前に駅前で見たのが『家族の明日を考える』というような立て看板の横で立っている年老いたエホバの証人たちだった。「お前の家族の明日を考えろ」と言ってやりたい所だが目を合わせないようにして立ち去る。どうせ息子娘たちはエホバの証人を止めて疎遠、絶縁状態になっているのだ。孫の顔も見れないのだろう。

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体罰全面禁止の国のエホバの証人

体罰の悪影響

体罰は身体的な痛みだけでなく精神的な痛みを伴う。みじめさや恐怖心は子供の心の成長に悪影響を及ぼす。これは科学的な調査によって明らかにされている。アメリカ合衆国で2002年に発表された体罰の研究成果がある。

体罰を受けて育った子供は、その時には親の言うことを聞くという一時的「効用」があるが長期的には

  • 攻撃性が強くなる
  • 反社会的行動に走る
  • 精神疾患を発症する

などの副作用があることが分かっている。

これはまさにエホバの証人2世としてこらしめというを暴力を振るわれて育った私にまさにあてはまっている。精神疾患は辛うじて免れていると思いたいが、私は攻撃性の強さと反社会的行動で20代を走り抜けてしまった。

体罰を受けて育った子供は言葉や社会性の発達にもはっきりと遅れが見られるのである。体罰には良いことなど何もないのだ。日本は違うのだが体罰を法律で禁止している国が世界に52ヵ国もある。

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エホバの証人という架空の癒し

エホバの証人の現実逃避

私が最近自分の息子と接していて感じたことなのだが、人生においてこの瞬間が一期一会なのである。息子がようやく話せるようになりつつある今日は二度と来ない。熱心なエホバの証人だった私の両親には今この瞬間を貴重だと思う感覚が無かった。私が高熱を出しても腕を骨折してもどこか現実味が無かったのである。無論心の底からいたわり心配はしてくれていたのだが、どこかよそ事感があった。

エホバの証人だった私の両親が何事においても臨場感が無かった理由は、ハルマゲドン後の楽園で我々は完全な人間に生まれ変わるという幻想を深く信じていたからである。エホバの証人信者たちが深く洗脳されていくのは不甲斐ない現実と不完全で辛い現在からの逃避を目的としている

今日1日をダラダラと過ごしてしまったのも自分が不完全なせい、楽園で完全な人間に生まれ変わればこんなことがなくなる、大怪我をして体や顔に傷が残っても問題ない、楽園では完全な体に変貌するのでいつかは消える傷である、人間関係に大きな問題が生じかけているけど、相手はこの世の人でハルマゲドンの通過は望めないから問題ない、エホバの証人の会衆内の人間関係にも齟齬が生じているがこれも今積極的に解決せずとも楽園で完全な人間になればいずれ回復するだろう。エホバの証人は目前の問題から逃げてさらなるマインドコントロール状態に陥っていくのである。

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ものみの塔協会による逆説的洗脳状態

エホバの証人という災厄

私は生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。両親ともに非常に熱心なエホバの証人でいわゆる神権家族だった。私は14歳になる年に自分の意志でエホバの証人をやめる。それ以後、私の家族は家庭の崩壊、両親は離婚に至るという取り返しのつかない状態に陥った。

もはや私と両親の家族関係の修復は不可能である。これは私の家庭がエホバの証人だったからという理由以外にはない。エホバの証人の創始者であるラッセルと2代目の会長であるラザフォード、どちらも円満な夫婦関係は築けなかった。エホバの証人は家族や夫婦という最低限の人間関係を充実させる宗教ではなく害をもたらす災厄的存在であると考えるべきだ。

逆説的な洗脳状態

エホバの証人をやめた元エホバの証人2世にとってエホバの証人だった頃の記憶は苦々しいものである。学校の行事のことごとくを宗教上の理由で忌避し、給食の前の合掌のときには、ただ1人両手の指を組み合わせて密やかにエホバに祈りを捧げていたのである。こんなおぞましい過去を思い出したくもない。さらにエホバの証人だったという過去を周囲に知られるということも避けたい事態である。

私は中学生のときにエホバの証人をやめ、高校は無意識にも自宅からだいぶ離れた学校を選んだ。この高校を選んだのは制服を着なくても良かったり、高等部の上の課程まで自動的に進んでいくのだが、その辺りになると自動車で通学している学生もいたりという自由奔放さに惹かれてのことである。しかし無意識下では、もろにエホバの証人だったことを知っている中学生時代の知り合いがいない、新しい環境に進みたいという思いがあったのかも知れない。いわゆる高校デビューである。

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