天の法廷で既に罪人であるエホバの証人2世の子ども

エホバの証人の子供の見る歪んだ景色

ものみの塔の戒律遵守は、エホバの証人2世にとって不可能

エホバの証人2世の子どもにとって、法を破ることは常習的。法といっても、国や地域の法律や学校の校則ではなく、ものみの塔協会によって定められた戒律。

ものみの塔の戒律は異常に厳しい。好奇心旺盛な子供にとって、教団の戒律と親の付け加えた細則を完全に守ることは不可能。

親によって決められた時間以上にテレビを見ること、チャンバラや相撲、プロレスと言った暴力的な遊びをすることなど、エホバの証人の子ども自らが軽いと判断した決まりについては常習的に破られている。

エホバの証人2世の子どもは、罪を隠すために日常的に嘘をつかなければならなくなる。

友達の家でエホバの証人にとって”ふさわしくない”テレビゲームをする、ホラー映画を見る、こういったことも2世信者の子どもにとっては禁止事項。モノや情報が溢れたこの時代に、こんな戒律を完璧に守れる子どもはいない。

エホバの証人2世の子どもは、戒律や親との約束事を破るたびに嘘を重ね続けるそして私は、いつの間にか普通の子どもでも怒られるような悪事にも手を出し始めた。そういった悪事を行うのが日常になった。

私は、親の財布からお金を抜いてみたり、万引きをしてみたり、下級生を口頭でいじめたりと。こうなってくると何が重罪で、どこから先をやったらいけないのか解らなくなってくる。

”ふさわしい”、”ふさわしくない”の二択で決めつけるエホバの証人

法を軽視し罪悪感の薄いエホバの証人2世

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カミングアウト出来ない、エホバの証人2世という出自

JW2世のただただ過ぎ去っていく人間関係

エホバの証人の王国会館での事故

小学生の頃、流行った遊びがあった。息を止めて顔面に力を入れるというもの。危険なので絶対に真似をしないで欲しい。私は小学生の頃、これを繰り返しやっていた。顔が尋常でなく紅潮するので、それで周囲を驚かせるという遊び。

子供の頃の私はエホバの証人の集会へ連行されていた。週3回。エホバの証人の集会は王国会館という建物で行われる。

私は集会が終わっても、なかなか帰宅することが出来なかった。”交わり”と称して、両親は他の信者と長く話をする。帰るのは最後の方に近かった。

その間、顔面を紅潮させる遊びをしていたことがあった。顔を赤くして、他の子供を驚かして遊んでいた。

ある時、鏡の前で自分の真っ赤になった顔を見て、その後の記憶がしばらく無くなった。どうやら脳が貧血状態になって倒れたようだ。私は地面に倒れていて、王国会館の壁には大きな穴があいている。

倒れた私がぶつかって壁が壊れてしまった。建て替えたばかりの新築の王国会館の壁に大きな穴を開けてしまったのだった。

エホバの証人の王国会館とは?

この時に思ったのは、何と恥ずかしいことをしてしまったのだろうということ。変な遊びをしていて壁に大きな穴を開けてしまった。もうすぐ中学生という年齢でそんなことをしでかしてしまうとは、何と恥ずかしいことか。

しかし、しばらくするとまあ問題はないかという結論に至る。どうせこの王国会館に来ている連中との付き合いもあと何年かの間。私はいつかはエホバの証人をやめたいと願っている。

それだけの付き合いの人間に対して恥をかいたって別に良い。そもそも、いつか全くの赤の他人になる人間たちなのだ。

本音で語れないというエホバの証人2世の苦悩

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エホバの証人(JW)2世の異常な性欲、奪われる未来

未来を奪われるエホバの証人の子供

恋愛禁止、薄い現実、エホバの証人2世

小学校6年生の頃に私には好きな女の子がいた。周囲の噂ではその女の子も私に対してまんざらでもないということ。しかし、エホバの証人2世のカルト信者として育てられていた私に、異性との交際が許されるはずもなく手の施しようがなかった。

エホバの証人の男女交際が認められるのは、お互いが正式なエホバの証人になってから。しかも、結婚を前提として。要するに大人になるまでNG。

相手をエホバの証人の信者に引きずり込み、お互いに組織に献身してから清い交際関係を経て結婚、それからようやく、ことに至ることが出来る。小学生の私にはあまりにも果てしなく長い道のりだった。

そもそも、好きな女の子をエホバの証人の世界に引きずり込むなんていうことが出来るはずがない。私はエホバの証人2世として悲惨な少年期を過ごしていた。好きな女の子を同じ目にあわせる訳にはいかない。

私には既にこの頃からエホバの証人脱会の意思があった。早く大人になり、親元を離れてエホバの証人をやめたいという気持ち。何とかエホバの証人をやめれば、好きなだけ女の子と遊べる、私にはそんな望みしかなかった。

目の前の現実が薄い。エホバの証人であるという枷があるから。どこにいてもエホバの証人である限り、そこはいつか去らなければならない場所だと思える。宗教を強制されている自分に納得していないから。自分を認めていないから。

そして、結局は何もかもがハルマゲドンで滅亡する。私自身も、ある日突然死ぬ。幼い頃から洗脳された結果、神はキライだが、神は存在すると私は信じ切っていた。その憎き神は、ハルマゲドンというこの世の終わりで滅ぼす人々を虎視眈々と選別している。

エホバの証人二世ロボットの思春期セックス問題

『解毒』~エホバの証人と性に関する問題

エホバの証人2世の強烈な性欲

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エホバの証人2世の禁止された欲望の反動、異性との問題にも発展

あらやる欲望を否定されて育つと・・・

あらゆる欲望を禁止されるエホバの証人2世

1980年生まれの私の育った幼児期。時代はバブルに向かいあらゆる物が溢れ始めていた。しかし、私には簡単に手に入るはずのものが何も与えられなかった。私がエホバの証人(JW)というカルト宗教の2世信者だったから。

快楽を追い求めること、そしてあらゆる”この世”※のイベントをエホバの証人2世の子供たちは禁止されている(もちろん大人の信者もだが)。私は小さな頃から何も与えられず、欲望を否定されて育った。
※エホバの証人は一般社会のことを”この世”という蔑称で呼ぶ

物や金銭に対する執着は、エホバの証人にとって否定されるべき感情。

実際に私には”この世”の物はほとんど何も与えられなかった。コロコロコミックやジャンプ、ファミコンなど、エホバの証人の戒律に少しでも抵触する怖れのあるものは、何も供給されなかった。

彼らはもはや戦いを学ばない

というちょっとした聖書の記述があるために、全ての戦隊物やキン肉マンと言ったテレビ番組が禁止。エホバの証人の親が暴力的と判断した番組は、視聴を許されない。

周囲の全ての子供たちが簡単に手に入れているもの一切が、私には与えられなかった。それは私にとっては非常に辛い日常だった。

エホバの証人の戒律による制限を受けて育ち、しかし私の周りの世界にはモノが溢れていた。近所には飲料の自動販売機が次から次へと設置され、テレビに一瞬だけ映し出される私には許されない世界では、あらゆる欲望を充たすことが推奨されていた

ちょっとしたテレビ番組でもエホバの証人的放送コードに引っかかると

「ふさわしくない」と親に言われる。すぐにチャンネルをNHKに換えられるかテレビを消される。しかも私の家庭ではエホバの証人にとって”ふさわしい”番組を1日に1時間とか30分だけと決められていた。『わくわく動物ランド』といった感じの番組。

両親のマインドコントロールが深まるにつれ、自宅にはテレビが無くなった時期もあった。

エホバの証人の異性との交際

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この世界の破滅、終わりを祈るエホバの証人(JW)

この世の終わりを待ち望むエホバの証人

日常的に罪を犯しているエホバの証人

エホバの証人の2世信者には「罪悪感の欠如」という特徴がある。少なくとも私には。その原因は、幼い頃から罪を犯し続けていると思い込んでいるから。罪を犯すことが日常になれば、当然罪悪感は薄れていく。

エホバの証人2世が日常的に罪を犯していると思い込むようになるのは、エホバの証人の戒律に禁止事項が多過ぎるから。あらゆるものに興味を示し、経由していくべき好奇心旺盛な子供にとって、エホバの証人の戒律を遵守することは困難。

「親の言うことは絶対」というのも、エホバの証人の戒律の一つなので、親の言いつけ一つ破るだけで、親子双方に罪と認識される。

親は神から是認を受けて、親たる立場にいる、というのがエホバの証人組織の権威付けの手法。同様に、教団も絶対の権威であると主張する。子供が親との約束を破ることは、神に背くことにも等しいというのがエホバの証人理論。

子供のエホバの証人だけが罪深い(と自ら思い込んでいる)訳ではない。実は、大人のエホバの証人こそが罪深い。

妬みや憎しみなどは、エホバの証人として抱くべき感情ではないとされている。エホバの証人はもともと純粋な原始キリスト教を自称しているので当然。

しかしながら、そういった負の感情をエホバの証人は日常的に抱いている。なぜなら、教団内で地位を上げた特権階級に対して嫉妬が渦巻いているから。また、自らの信仰に水を指す一般の人々に対しては憎しみさえ抱く。

エホバの証人の大人は精神的に罪を犯すことが常。また、エホバの証人の子供は日常的に罪を犯していると自分で思い込んでいる。エホバの証人組織とは何とも罪深い構造。

エホバの証人二世の子どもの罪悪感の薄さの原因

エホバの証人2世が特権より欲しかったもの

世界の破滅を祈るエホバの証人

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元エホバの証人2世の陥る非エホバ・反ものみの塔という罠

反エホバ思考という罠

元エホバの証人2世の強迫観念

私は物心がついた時から14才になる直前まで、エホバの証人というカルト宗教中心の生活を強制された。両親が狂信的なエホバの証人信者だったので、私もほぼ生まれながらにエホバの証人の2世信者だった。

私の子ども時代は、ものみの塔の厳しい戒律に縛られ、親による懲らしめという体罰や、ハルマゲドンで神に殺されるという恐怖のもとにあった。ものみの塔の洗脳状態での成長は、私の人格形成に多大な悪影響を及ぼした。

1994年、中学2年生の秋に、私は自分の意志でエホバの証人をやめた。これは、尋常でなく熱心なエホバの証人だった両親との決別を意味した。

エホバの証人脱会以降の私は、非エホバ的生き方をすることに重点を置いてきた。しかし、その生き方をすればするほど、エホバの証人的思考に陥っていくという矛盾をはらんでいた。

独善的で自己中心的、目的のためには手段を選ばず欺瞞に満ち、私は他者の生命をも軽んじていた。他人の血が流れることに対しても怖れを抱かない、残虐的な大人にならなければならないと考えていた。

これは表面的には穏やかで善良なエホバの証人の裏返しとして。

反エホバの証人として、暴力的な生き方が望ましいと、私は思い込んでいた。

独善的なものみの塔とエホバという残虐な暴力神

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ものみの塔の本質から派生する、エホバの証人の醜悪な嗜好

ものみの塔の悪質な嗜好はエホバの証人の子供にも影響する

エホバの証人2世の残虐性と凶暴性

エホバの証人の子供、2世信者は、幼い頃から自由を制限され、抑圧された生活を余儀なくされる。ものみの塔の厳しい戒律に縛られ、禁止事項を破ると懲らしめという体罰が待っている。この肉体的・精神的苦痛は相当なもの。

この苦痛を外部に向けて発散出来ず、エホバの証人2世は成長するに従って、残虐性や凶暴性を心中に養っていく。体罰により受けた暴力は、徐々に自身の心の中で暴力的思考に変換。そして、蓄積された暴力の種が開放される時は必ず来る。

私の中にもこういった残虐性や凶暴性が確実に積みあがっていた。エホバの証人をやめた後で、その暴力の種が暴発することになった。

エホバの証人をやめた後で陥る非エホバ願望

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エホバの証人2世の陰険な性格は、いかにして形成されるのか

エホバの証人の子供の二面性の原因とは・・・

エホバの証人2世の子どもに受け継がれる教団の悪癖

私の通っていた小学校では、近所の生徒たちが決まった場所に集合し、連れ立って登校していた。その集団登校の時には、6年生になると下級生を連れて先導して登校することになる。

私が小学6年生だった頃、やはり下級生を連れて登校していた。このとき、私は下級生の1人を口頭でチクチクといじめていた。もう相手が誰だったかさえ覚えていないのだが、一番小さな子どもだろう。

自分より弱者のちょっとした弱みを見つけると、そこを攻撃してしまう。私にはそんな悪癖があった。小学校へ入ったばかりの頃から、上級生の中でも底辺に属しているような相手には、口頭で攻撃を加えていた。

そういったいじめが暴力に発展することまでは無かった。私も、そもそも誰かに対して悪口を言いたかったわけでもない。

私はエホバの証人2世として生まれながらに育てられた。暴力はいけないとエホバの証人の教理では厳格に決められている。悪口、陰口も良くないのだろうくらいは当然理解していた。しかし、

大人のエホバの証人信者の間では陰口、噂話が日常的だった。エホバの証人の子どもたちはこういった教団の悪癖を受け継いでしまう。

エホバの証人2世、陰険な性格の形成のされ方

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エホバの証人(JW)2世のいじめと二面性、排他的性質

エホバの証人2世の二面性

大人の信者から受け継がれる裏表のあるエホバの証人2世の性格

誰でも、裏表の顔を使い分けている。エホバの証人2世として育てられた人々は、その二面性が顕著だと私は考える。親や大人たちの前で見せる顔と、自分より弱い者に対して見せる顔が全く違う。

両親を含めた大人のエホバの証人たちは、他人の噂や悪口めいた批評を影で言うことが良くあった。私の家庭では会衆内の他の信者についての噂話が絶えなかった。

会衆とは、地域ごとのエホバの証人の集まりのことで、人口密度に応じてある一定の地域をカバーしている。信者数が100人弱になるように会衆のカバーエリアが定めらている(と思われる)。エホバの証人のムラシステム。狭いムラ社会では噂話が絶えない。

会衆内の誰々が「エホバの証人組織を離れた」、「ものみの塔協会の戒律を犯した」。そういった場合には厳しい批判がなされる。こういう大人を見ているため、エホバの証人2世は他人の噂話や影口が大好物になる。

ものみの塔協会そのものが二面性を持つ

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子供にとって悪影響でしかない、エホバの証人というカルト

JW2世の罰ゲーム人生

失われるエホバの証人2世の自尊心

私はエホバの証人というカルト宗教の2世信者だった。2世信者とは、親の1世信者の始めた信仰を強制される子供のこと。

エホバの証人の2世信者の特徴の一つは、他者の視線を必要以上に気にすること。カルト信者として、幼い頃から奇異の視線を浴び続けて育ったことが原因。私自身の経験から、この特徴を考察する。

エホバの証人の子供は、ありとあらゆる学校の行事に参加しないことで、同級生や先生から変わり者扱いされる。親族からも心配され、憐れみの視線を投げかけられる。隣近所にも、子供自ら呼び鈴を鳴らし布教活動をさせられる。

小学校の高学年から中学生くらいになると、同級生の住む地域を布教活動で回るのが何よりも嫌だった。しかし、私の両親は同級生の視線を嫌がる私の信仰が弱いと思い込んでいた。完全にエホバの証人組織のマインドコントロール下にあったから。

子供に信仰心なんか要らねーっつーの。

同級生が住む区域を、強制的にカッターシャツにネクタイを締めて回らされる。完全な罰ゲーム。これは、私が両親に「エホバの証人をやめる」と宣言する中学2年生の秋まで続く。

思春期の多感な時期に、親から嫌がらせにも同義な理不尽な扱いを受けた。

私の自尊心は傷付き、エホバの証人である姿を誰にも見られたくないと強く思っていた。ネクタイを締めて親と一緒に近所を歩き回っている時だけではなく、常にエホバの証人である自分が、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。

こうして、私は他人からどう思われているか、どのように見られているのかを、必要以上に気にするようになった。

禁止事項の多いエホバの証人2世の学校生活は苦難の連続~エホバの証人のできないことまとめ

恐怖、見知らぬ家の呼び鈴を鳴らせ

エホバとキリストから無限に浴びせられる監視の視線

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