終わりが来ないほうが儲かり続ける、ものみの塔の終末ビジネス

偽予言者の終末ビジネス

いかなる時代においても現れる世界の終わりを予言する者。ものみの塔協会は、その代表例。ご存知の通り、ありとあらゆる世界の終末予言が実現したことは一度もない。

キリストもこの偽予言者の出現を予言していた。「また自分のような者が現れるだろう」と釘を刺していた。

予言が当たり、終末が到来すれば天地がひっくり返るほどの大事変。その状況で、予言を的中させました!と名誉を得られたり、財を築けたりするだろうか?

世界の理が一変しているので、その予言者が予言していたことすら、証拠として消えかかっているに違いない。そして「自分も予言していました」と偽予言者が雨後のタケノコ状態でニョキニョキ現れる。または予言者自身も終末の日に消失。

ピタリと終末の日時を当てたところで、予言者に大きな恩恵はない。であれば、予言する意味などない。危機感を感じて聖なる救いのために?なら金取るなよ。

終末の予言は今まで一度も当たっていないので、終末論者は全員偽者。目前の利益を得るための終末ビジネス。そして、万が一の事態、本当の終末が起こったときに的中させる予言者は数多の偽予言者の中の一人。ただの偶然。

つまりは、全部の馬券を買って常にレースに挑み続けているようなもの。そのうちに万馬券が当たる。

ものみの塔協会の数打てば当たるハルマゲドン戦略

ある一定数は、こういうトンデモ論に引っかかってお金を落としてくれる人が存在する。なので、終末予言者にとってはいつまでも終末が来ないほうが儲かる。

万が一にも偶然に的中すれば、恩恵はさほど得られないかもしれないが、罪を問われることはない。当たっているのだから。ハズした場合も、端から世間は、こういった突拍子もないことを相手にしていないので、そんなに糾弾されない。

「ノストラダムスのバカヤロー」と叫んでいる奴とか、ノストラダムスの本を発行した出版社が告訴されないのと同じ。良識ある大人は、端から本気で相手にしていない。

ものみの塔も同様で、数々の終末到来の時限をハズしてきた。異なるのは、信者の人生を大きく損なわせたこと。とはいえ、今のところは予言ハズしそのものが司法の手で裁かれることはない。あっても組織内の児童性虐待や輸血拒否とか。

ものみの塔が、終末の日をズバリ1975年とか言っていたときの方がまだ良心的で、時限がくれば何らかの対応をしなければならない。「予言の解釈が~、新しい光が~」と面倒な事後処理が必要になる。

たちが悪いのは、現在のものみの塔タイプで「いつか終末は来るけど、その時は分かりません。でもその時は近い」という曖昧な言い方。時限をじりじりといつまででも延ばせる。終末が来ないほうが儲かり続ける終末ビジネスの成功例。

本当に終末が来たら困る終末論者たち、その代表格ものみの塔にこそを終末を。


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