エホバの証人は“輸血拒否”を隠して国を訴える─裁判記録を読んで再確認した、あの頃の「ダサさ」

エホバの証人 vs 国:宗教虐待Q&A裁判の裁判記録

エホバの証人が国を訴えている「宗教虐待Q&A」裁判。

昨日、裁判記録を初めて読んだのだが、最初に浮かんだ感想は「児相仕事しろよ」。 ……と思ったら、エホバの証人にターゲットにされて今回の裁判に引っ張り込まれたのは児相ではなく子ども家庭センター(多分)。

そして、次に湧いたのは、子どもの頃にかつて自分がエホバの証人であることを強制されていたときに抱いていた、あのどうしようもない感覚。

── 「姑息というか卑怯というか・・・違う、ダサいんだよ、連中は。」

なぜそう感じたのか。裁判記録を読み進めるほど、その理由が次々と積み上がっていった。

第三者である私は裁判記録の複写ができず、記憶に頼っているところもあるのであしからず。

裁判の概要は、「ものみの塔聖書冊子協会」と、大阪府、東京都を中心に北海道から佐賀県の子どもを持つ信者20名(夫婦10組)が原告。被告が国。

訴えの内容はだいたい以下。

(1)「宗教虐待Q&A」とそれに関する通知の撤廃
(2)「宗教虐待Q&A」とそれに関する通知の無効確認
(3) 国家賠償法に基づく損害賠償
(4) 原告らが子どもたちと宗教活動を行う権利の確認

(4)については以下の3つ。

  • 子どもを伴って礼拝または会合に出席する権利
  • 子どもを伴って宗教的な話し合いをする活動に参加する行為
  • 子どもに対し、祝日または行事等への参加及び娯楽の選択などに関する見解を含め、宗教的信条に基づく事項について教える行為

「姑息?卑怯?いや、ダサい。」

裁判記録を読み進めて、湧いた感情はこれだった。

「やっぱ連中は姑息とか卑怯とかじゃない。ダサいんだ。」

これは、子どもの頃、私自身がエホバの証人であることを強要されていたときに抱いていた感覚とまったく同じ。

2024年9月9日〜10日頃、原告団の信者が全員同じテンプレ文面で子ども家庭センター(多分)に問い合わせを入れている。

家族構成やら集会時間以外の記述がほぼ同じ。教団がテンプレを配布し、信者が一部だけ編集して送ったとしか思えない統一性。

その問い合わせの中で、

「宗教虐待Q&Aに基づけば、私たちの行為は児童虐待に該当するとみなされるおそれがあると考えたため」

以下は宗教虐待か?と尋ねている。

この辺記憶なんだけど、以下の5点。

①集会 ②大会 ③布教 ④行事・剣道制限 ⑤娯楽の制限

──輸血拒否が完全に消えている。

信者はテンプレを打ちながら「え?輸血拒否は?」と疑問を持たなかったのか?

「宗教虐待Q&A」は輸血拒否にも触れているのだが、それから目をそらしたメールを書いて、てめぇの神に恥ずかしくないのか?

この“盲従”こそが、エホバの証人の行動様式に一貫して漂う 「ダサさ」 の源泉だと、改めて思い知らされた。

裁判記録の第一印象:「児相仕事しろよ」

宗教虐待Q&Aをめぐってエホバの証人が国を訴えている裁判記録を閲覧して、最初に心に浮かんだ感想は

「児相仕事しろよ」

……と思ったが、よく読むと今回巻き込まれているのは児童相談所ではなく、子ども家庭センター(多分)だった。 児相と違い、センターには

  • 調査権限なし

  • 一時保護権限なし

  • 介入権限なし

という“弱い窓口”という特徴がある。

エホバの証人は、実効力のある児相を避けて、相談ベースの子ども家庭センター(多分)を狙ったんじゃないのか?

なんで、児相じゃないの?と我々からすると普通に思う。

エホバの証人側が、児相の「189」を知っていることは、今回の裁判の教団自作証拠資料に記載があり、会衆内の虐待を日本支部に報告したら、直ちに「189」へ電話するように言われたという「話」がいくつも掲載されていた。

だったら、「宗教虐待Q&Aに基づけば、私たちの行為は児童虐待に該当するとみなされるおそれがあると考えた」のなら、連絡先は児相だろ。

エホバの証人側は最初から児相を避けてセンターに行っている。

実効力のない“安全な窓口”を最初から選んでいる。

こういうズレと「輸血」問題に蓋をしたまま先に進む教団と、それに盲従する信者。これが私が子どもの頃から感じていたエホバの証人のダサさの源。

本丸「輸血拒否」を隠したまま“宗教虐待Q&A”に噛みつく矛盾

宗教虐待Q&Aでは、医療ネグレクトは最重要項目として扱われている。

理由の如何に関わらず、医療機関の受診を合理的な理由無く認めない行為や、医師が必要と判断する医療行為(手術、投薬、輸血等)を受けさせないこと(輸血を拒否する旨の意思表示カード等を携帯することを強制することを含む。)はネグレクトに該当する

「理由の如何に関わらず・・・ネグレクトに該当する」と医療問題は厳しめ。

「宗教虐待Q&A」では、礼拝・布教・行事不参加などについては、子どもの意思に反して強制することを宗教虐待の成立条件としている。

しかし、医療ネグレクトについては、命に関わる領域なので当然なのだが、子どもの意思、子どもが望んでいるいない、は関係ない。医師が必要と判断したものを拒否すれば、ネグレクト。

そして、エホバの証人が 医療ネグレクトに該当する信条(輸血拒否)を持っているのは明らか。

にもかかわらず、今回の裁判では 輸血拒否を完全に封印したまま訴訟活動が進められている。エホバの証人側の裁判書面にも「輸血」の文字が一つも出てこない(少なくとも私が読んだ範囲では)。

つまり、

  • 自分たちの信条の中で最も“宗教虐待に該当する部分”だけは隠す

  • その一方で「宗教虐待Q&Aは不当だ」と主張する

という 構造的な矛盾が生じている

明らかにクロな弱みを隠し、自分たちの主張だけは通そうとする。こういうところがダセェって言ってんの。

行政の「事なかれムーブ」と、その不運な結末

子ども家庭センター(多分)の返答は、典型的な行政の“事なかれ”だった。

  • 質問に答えない

  • 判断を避ける

このやり取りのなかで、質問に答えない代表格のエホバの証人に

「質問に明確にお答えいただけなかった」

と指摘されているのだから、皮肉にもほどがある。

しかし今回は、おそらくエホバの証人側が“最初から裁判に使うつもり”だったため、そのメールが丸ごと証拠資料として提出されてしまった。

自分の自治体に原告団のエホバの証人が住んでいたのは不運だが、これは同時に行政が”子どもを見ていない”現実が露呈した瞬間でもある。

一部自治体では、学校調査をしたり、子どもとの面会を試みてエホバの証人側に断られてはいる。まったく仕事をしていないというわけではない。しかし、輸血問題には一切触れていない。

本当に子どもを守る気があるなら、最初に聞くべきは「輸血ってどうですか?」のはず。ここでエホバの証人側が沈黙するのは目に見えているが、そこから介入する方法はいくらでもある。

いったい誰のほうを見て、仕事をしている?君らが見るべきは子どもなんだよ。

国(被告)の“鉄壁”と、その限界

素人だから、細かい法理までは分からないのだが、国の反論はおそらく鉄壁。そもそもエホバの証人側の訴えが筋違いで、国家賠償法の要件(違法性・損害・因果関係)を満たしていない。Q&Aの撤廃や無効化の要求にも法的根拠がない。のだと思う。

裁判として成立させるのがそもそも難しい類の訴えなのだろう。

裁判記録によれば、原告団の信者親には

  • 通告なし

  • 一時保護なし

  • 親権停止なし

  • 親権喪失なし

行政は一度も動いていない(これ自体どうなのかと思うけれども)。

なのに「精神的苦痛」で7,400万円請求。

「この国に生まれて辛かった」的な苦痛ですか?さすが「神の王国」の住民は発想が違う。

そして、理念としては最高に素晴らしい「宗教虐待Q&A」が、実際の運用では骨抜きになってしまうことも原告団と子ども家庭センター(多分)のやり取りから透けて見えてくる。

だからこそ、なおさら思う。

国はこの裁判で負けんなよ。

しかし、そこは最低限で、国がホントに守るべきは「Q&A」じゃなくて「子ども」なんじゃないかと。

「お前ら輸血拒否はどうなっとんねん!」

と裁判でツッコんで、子どもを救えよ、と私は思う。

しかし、被告側の国の裁判書面にも「輸血」の文字がゼロ(多分)。国も一緒になって、本丸「輸血問題」にはノータッチ。

まぁ、担当するのは弁護士なので、裁判に勝つのが仕事であって、子どもを救うのが仕事ではないのはよく分かる。

分かるけれども、

目の前に、いざ出血多量になったら、死にかねない子どもがいる。

このときに、お国のするべきことは何ですか?

エホバの証人側の“被害者ポジション奪取”

今回の裁判は、エホバの証人側が当初から裁判に持ち込むつもりだったと考えるのが自然。

その目的で、原告団の信者が2024年9月9日~10日にかけて白々しい定型文の問い合わせを子ども家庭センター(多分)に送っている。これはもちろん組織側の指示と見るのが妥当だろう。

その定型文のなかで、①集会②大会③布教④行事、剣道制限⑤娯楽禁止について、長々と都合の良い説明を書き連ね、行政側が虐待と断定できないようにしている。

その上で、行政の煮え切られない返信に、弁護士が返信して論点を固定し、追い込み、「宗教虐待Q&Aに従わなければならないと理解しました」で締める。

ここまでが、既定路線として進められている。

そして、本来ならば黙って「宗教虐待Q&A」をガイドラインとして受け入れればいいものを、エホバの証人は被害者ポジションを取りに行き、

  • 「宗教虐待Q&A」の撤廃
  • 「宗教虐待Q&A」無効確認
  • 損害賠償請求

をセットで訴えた。その上で、

  1. 子どもを伴っての集会・大会参加
  2. 子どもを伴っての布教参加
  3. 子どもに行事娯楽制限について教える。

これらに親の権利を認めろと。いや、それ、子どもが嫌がってなかったら、もともと宗教虐待じゃないって今でもなってるだろ。

「宗教虐待Q&A」は宗教団体を攻撃するための制度ではない。 子どもを守るための制度。

しかしエホバの証人側は、

  • 本丸の輸血拒否を隠し

  • 弱い窓口を狙い

  • テンプレで行政を揺さぶり

  • 行政の曖昧な返答を“宗教迫害”に仕立て上げ

  • 裁判に持ち込む

という“被害者ポジション奪取”の動きをしている。

これは本来の被害者である宗教2世の現実を踏みにじる行為。

原告側は当初の2024年9月9日〜10日頃にテンプレメールをセンターに送付した段階から、この訴訟活動を計画していたと考えるのが自然。もっと以前から計画はしていたのだろうが。

訴える前提で、最初から宗教2世の子どもを”だし”に使っている。

子どもの頃から感じていた「エホバの証人のダサさ」の正体

裁判記録を読み終えて、私は確信した。

エホバの証人のダサさは、単なる印象ではなく構造として一貫している。

  • 輸血拒否という信仰の本丸を隠す

  • 争点をずらす

  • 行政の弱点を突く

  • 信者にテンプレを配布して盲従させる

  • 子どもの命に関わる問題を封印

  • 行政も国も“輸血”に触れない

  • 子どもが置き去りになる

  • そして裁判では、自己の権利“信教の自由”を叫ぶ

これが、私が子どもの頃から感じていた“あのダサさ”の正体。

「誠実」「正直」「従順」「真面目」といった、エホバの証人が自ら備えていると唱える「美徳」のようなモノとは正反対の行動。
 

子どもの命に関わる“輸血拒否”という本丸に蓋をしたまま、行政の弱点だけを突いて国を訴える──その構造に潜む、目を背けたくなるようなモノこそ、私が子どもの頃から感じていたエホバの証人の「ダサさ」の正体であり、今も変わらない現実。

ちなみに私もものみの塔聖書冊子協会相手に係争中です。応援いただけると助かります!エホバの証人との裁判に勝訴し、みんなの寄付金を取り返そう

 

 


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