エホバの証人2世の子供が浴び続ける架空の視線
私は自分の意思で14歳のときにエホバの証人をやめた。やめるまでの14年間をエホバの証人2世として育てられた。それが私に一番大きく影響を及ぼしたのは自意識の問題。自意識が過剰なせいで他人の視線が気になって仕方が無い。
誰もいないところでも、誰かに見られているような気がする。誰かに見られていたとしても問題無い自分を演じてしまう。しかし、本当は誰も私に注目などしていない。それでも他者の視線が気になってしまう。
これは、幼い頃から天にいるエホバやイエスに見られていると言われながら育てられた影響。エホバの証人2世の子供たちは、常に神エホバに監視されていると思い込んでいる。
神エホバだけでなく、悪魔サタンもまたエホバの証人の子供を見ている(と思い込んでいる)。虎視眈々とサタンや悪霊は我々を誘惑する機会を狙っている(と思い込んでいる)。
こうした空想の産物からの視線を、エホバの証人2世の子供たちは感じ続けている。感受性豊かな子供だからこその恐怖の視線。
幼児期からの強力な洗脳の結果、エホバの証人の子供たちはこうした架空の視線の支配下にある。常に何らかの視線にさらされているというという思い込みはエホバの証人の子供の行動を制限する。彼らはいつでもどこにいても厳しいものみの塔協会の戒律を守らなければならない。神の監視下にあるから。
エホバの証人2世の子供が浴び続ける現実の視線
エホバの証人2世だった私は、クリスマスや節分などの季節毎の行事に参加出来なかった。ものみの塔協会はちょっとでも他の宗教臭のするイベントについて、一切の参加を禁止している。
小学生の私はそういったイベントに参加出来ず、常に見学せざるを得なかった。ものみの塔協会の禁止事項の多い戒律のせいで、エホバの証人2世は変わり者、変人というレッテルを貼られる。
こうして私は、何らかの行事が行われるたびに教室の片隅で同級生からの奇異の視線に晒された。小学校高学年から中学生にかけての私には、これはとても辛い体験だった。
参加できない行事がある日には実際に体調が悪くなることがあった。体調を崩せば学校を休める。こうした現実の視線を浴び続けることも自意識過剰なエホバの証人2世の性格に影響を及ぼしている。
他にもエホバの証人の子供は監視の視線を浴びている。エホバの証人組織は監視密告社会。信者どおしが監視しあっている。誰々の家の子供がエホバの証人にとってふさわしくない行動をしている。変な態度をとっているとすぐに密告される。親がこの宗教の責任者クラスから指摘を受けることになる。
ゆえに親からは常にエホバの証人としてふさわしい行動を取れと教えられた。
エホバの証人二世特有の自意識から自由になるには
エホバの証人の二世信者は、過剰な自意識のせいで、この宗教をやめたあとでも自由に思いのままに行動出来ない。誰にどう見られているか、納得のいく自分でいられているか。そんなことが気になって仕方が無い。
このままでは為すべきことを為せず、思い切った行動に出ることが出来ない。行動に制限がかかるエホバの証人2世状態から脱却出来ていないのと同じ。
この解決策はあるだろうか?簡単には思いつかないのだが、まずは時間。時が傷を癒す。そうしている間に歳をとってしまうのだが。
あとは無理をしない範囲で行動あるのみだろうか。この最悪宗教から脱却した時点で、元気がまだあるようなら。
目的に向けてひたすらに行動を取る。他人の視線など気にならないくらいに行動を取る。行動は習慣を変え、習慣が変れば性格も変わる。過剰な自意識が行動を制限するという性格も、こうして変えられるのかも知れない。