エホバの証人をひと言で要約すると・・・
『近現代日本とエホバの証人』より。第一章「エホバの証人の救済観と組織観」前半部分から。
本書では
千年王国論的な宗教運動の救済観
つまり、エホバの証人の特徴は
共同体的(集団的)・現世的・緊迫的・絶対的・奇跡的
と要約している。
もっと平たく言うと、エホバの証人の特徴は「騙されている」ということ。
- 共同体意識からの疎外感で孤独感、取り残され感を刺激され
- 現世的なご利益をちらつかされ
- 事態は緊急だと急かされ
- 「完全」というあり得ない概念で思考を停止され
- 奇跡を信じるに至る
その過程をひと言で言うと「騙されている」。
エホバの証人は歴史は「騙し」の歴史
この「騙し」は19世紀以来繰り返し続いている。本章の『予言の変遷』より。エホバの証人の
創設者ラッセルの説は、1874年にキリストが天において目に見えない形で臨在しているというバーバーの教説から影響を受けた
「目に見えない形」という名案を拝借したラッセル君は、これをさらに応用。
ラッセルはさらに、1878年秋以来、キリストが天で王権を執行しているとする説を展開した。
こうなるとやりたい放題。「目に見えない形」なので言った者勝ち。信じない者には直ちに裁きが下ると脅されると、一定数の人々は騙されちゃう。
この騙しの歴史がエホバの証人の歴史であり、『予言の変遷』。
公平に、研究的視座に立っている本書でさえ、予言の変遷について触れれば以下のようになる。一方的に批判したくなくとも批判的なことしか書けない。
当初の予言の終着点であったはずの1914年が予言の開始点となり、教団創設時の説はほとんど破棄されてしまったこと、そして予言はたびたび変更・更新され、千年王国の到来は少しずつ先延ばしにされてきた
1975念以降は具体的な年代が予想されることはなくなったものの、世界本部の布教方針における信者たちへの煽動は続いた
客観的に見ても煽動されて騙されていることが明らかなのに、なぜエホバの証人は騙され続けちゃうのか?
騙されていることに気付くと、人生を圧倒的に損なった事実が、衝撃的に襲いかかってくる。その恐怖から、騙されているという事実に目をつぶっている。
いくら外部から「騙されている」と言われても、「私は騙されていない」と思い込んでいれば、本人が見ている狭い世界では、それが真実に感じられる。
何も調べようとせず、知ろうともせず、自分の世界に閉じこもる。しかも騙されて。その生き方、激ダサ。そんな行動や人間に神が宿ることなどない。だから、エホバの証人は家族を失い、病み、不幸になるのだろう。
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