とくに辛抱していない、エホバの証人
昨日の記事の続き。エホバの証人の週末の集会用テキスト『辛抱強い人になりましょう』。
エホバの証人の神エホバは
悪く言われるのをこれまでずっと忍耐してきました。さらに,もっと多くの人が永遠の命を得られるようにも辛抱してきました
これを逃げ口上にして、エホバの証人的な「終わり」は永遠に来ない。すべてエホバの証人の妄想にすぎない。
私たちも「主がどの日に来るかを知」りませんが,クリスチャンとしての活動を忙しく行います
アホみたいな伝道活動や集会に忙殺され、思考を停められ人生を搾取される。それは辛抱とは言わない。騙されていると言う。
辛抱強く待ち続けるなら,最後まで忍耐し,救いを経験することができます
ここで引かれている聖句が、
終わりまで耐え忍んだ人が救われます
マタイ24章13節
これには、エホバの証人は該当しない。
そもそもエホバの証人は耐え忍んでいない。エホバの証人は安直なカルトに引っ掛かり、真実を追い求めることから逃走している。なので、当然救われない。人生を無駄にし、寿命がくれば無駄な一生を終えるだけ。
イエスはエホバを見習って,すぐに怒ったりはしませんでした。侮辱的な言葉に言い返したり,挑発に乗ったりすることもありませんでした
キリスト、どっかの神殿で大暴れしてなかったっけ?エホバの証人の文書は、場合に合わせて都合のいい部分だけ引用する。
エホバの証人の待つ「終わり」、遂に「今すぐ」ではなくなる
“エホバの証人の待ち望む「終わり」、「今すぐ」には来なくなった。” の続きを読む