『星の子』~宗教2世の生きにくさ、いったい何のために生きている?

宗教2世の身が引き裂かれる感覚

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以下、ネタバレ。

 

 

 

主人公は、家族で飲んでいる宗教の高額水のおかげで風邪を引かないはずなのに、簡単に風邪を引く。もしかして騙されているのかと疑い始めるものの、それでも騙されているかどうかは「分からない」と苦悩する。

家族の異様な宗教が恥ずかしいのだが、騙されているとは判断できず、親族の救いをも拒絶する洗脳状態。もしくは親を捨てきれないためか。心から心配してくれる親族が敵に見える感覚。

この辺はエホバの証人2世だった私の経験と酷似。私は、ダサいエホバの証人に混じるのと、学校の行事に参加出来ないのが死ぬほど嫌だった。であるのに、エホバの証人の教義は概ね真実であると疑いもしなかった。

子供の頃から繰り返されてきた洗脳の成果。エホバの証人に反対する者、エホバの証人でない者は悪魔の手先であると教えられた。例え親族、親友でも。

本来のなりたい自分とダサい宗教2世という乖離、カルト親なのに愛し愛される両親であるという矛盾。この差が宗教2世の身を引き裂かれるような感覚を生む。

神の存在を許すか、許さないか、それは自分で決めること

宗教2世の子供だけでバスに乗って出かける。そのときの主人公の渾身の笑顔。宗教2世の被害者同士だけで分かり合える感覚。この感覚は、私にもあった。主人公よりももっと小さな頃、小学校の低学年まで。

この頃までのエホバの証人のかつての子供たちには、今でも再会したい気持ちがある。再会出来ずとも、せめて脱会して生き延びていてくれと願う。生きていてくれというのは大げさではない。

宗教2世被害者が抱える生きにくさ、他者との差異、自分の身が引き裂かれる思い。これらと思春期以降も同居し続けると、最悪の悲劇に至るケースがある。

劇中で、出奔した姉が「わけわかんなくなっちゃうときがある」と言う。既に引き裂かれ始めている自己。愛しているはずの親に、自分の足を引っ張られているという感覚。

劇中の宗教幹部がよく言うセリフ、「あなたがここにいるのは、あなたの意思ではない」。だったらいったい何のために生きている?自分の意思が介入しない人生なんか無意味。今すぐ考えを改めるべき。

神がいる?だからなんだっての?

神の存在を許すも許さないも、それは自分の意思。まずは自分なんだよ。


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