「エホバの証人ウソつかない」というウソ
昨日の記事の続き。四国の某エホバの証人と電話中。このエホバの証人の会衆は、今年2024年3月の死の記念式でアルコール禁止ホールを使用している。
今年は「アルコールを飲まない」と言って会場を借りたようなのだが、施設側いわく、以前に「ぶどう酒の代わりに水を使う」と言って借りたことがあるらしく。私がその件を今年のできごとと勘違いして、このエホバの証人に詰め寄っている。
「施設側は、アルコールでなく水を持ちこむから貸したと言ってますよ」
「はい、まあそう仰られますけども、私たち契約できておりますし、正しく行っておりますので」
「どっちかがウソをついてるということですね。(契約した)○○さんにもう一回確認して貰って良いですか?間違いないですか?」
「間違いないです」
「間違いない?水を使うなんて言っていない?」
私は「今年は」のニュアンスで攻めているので、先方にもそう伝わっているのだろうが、実は「ぶどう酒の代わりに水を使う」と申告している年もあった。
「それは言わないですね」
今年は言っていないというだけなんだけど・・・この時点では、私は今年の話だと勘違いしているので、まだまだ詰める。
「施設側と言っていることが食い違ってますね」
「はあ、私たちは特に問題視していないので」
このナメた態度。これがエホバの証人。
「いや、こっちが問題視しているんですよ。公的施設をルールを守らずに、ウソをついて借りているのではないかと」
「きちんと同意の元に借りさせて頂いています」
「同意の元って、ウソついてるんだったら同意にならないでしょ。偽証して借りているってことになりますよね」
「私たちは水を持ちこむという言い方はしないので」
「あくまでも、ウソをついて施設を借りていないと言い張るんですね?もう一度○○さんに聞いて貰っても良いですか?」
「多分、何度聞いても同じ答えだと思います」
「その人が言いにくくてウソついてるんじゃないですか?」
施設側から「水で代用する」とエホバの証人が言ったという言質があるので(今年ではないけど)、私もゴリゴリに詰める。
「私たちですね、聖書を勉強している者ですので、正直に行動するというのが行動理念にありますので、ウソをつくということはないんですねー」
いったいどの口が言っている。
世界で一番信用できないのがエホバの証人だよ。終わりの日でもないのに終わりの日だと言って人々を騙している奴らが、いったい何を言っている。輸血拒否で情弱信者の命を奪う連中が何を言っているんだ。
「エホバの証人ウソつかない」ってインディアンかよ(ネタが古くて申し訳ない)。そして、このエホバの証人はこの後1分後にウソをつく。というか、以前に「ぶどう酒を水で代用する」と言っている時点でウソをついているんだけど。
エホバの証人的無神経回路とカルト的所業、定められた日は遠く遠く・・・
その1分後にウソをつくエホバの証人
「(苦笑)知らないよ。そんなの(爆笑)。だったら施設側がウソをついているって言うんですか?」
「書面に残っていないことでしたら、口頭での約束ということになってしまうので、証拠としては難しいかなと思いますけれども、お酒を持ちこむということは、飲食に使わないということで了承頂いていますので」
自称「エホバの証人ウソつかない」より、県立施設の職員の発言のほうが、私的にはよほど信用できるのだが。
「いや、水使うって言って借りたんでしょ」(今年はそうじゃないんだけど)
「お酒使うって言って借りれたんですか?」(今年は借りられたんだけど)
「はい」
「アルコール禁止って決まっているのに、お酒使うって言って借りられるわけないでしょ」
「使用用途がですね、飲食というわけでなくて表象として回すだけということで」
「いや、飲む人いるでしょ」
「いや、本当にいないんですよ」
「いないかどうかは分からないでしょ?そちらの設定だと。急に飲む人もいるじゃないですか?私選ばれました~って、ある年から飲み始める人だっているでしょ。それは分からないでしょ。今年から飲み始める人がいるかも知れない」
「・・・はい」
「回すだけって言っているんだとしたら、それウソでしょ?100%回すだけかどうかは分からない。それはあなたが決めることではないでしょ?」
「・・・はい」
「それ、ウソついてるんですよ。エホバの証人ウソつかないんじゃなかったでしたっけ?」
「そうですね・・・あのー」
「もう一度○○さんに確認して貰えますか?」
「はい。もう一度確認してみます」
明日に続きます。
“インディアンウソつかない。エホバの証人はウソをつく。” への2件の返信