別に、「家族の絆」は弱まっていない
昨日までの記事の続き。エホバの証人的「終わりの時代」のしるしが現代で実現していないことを明らかにするシリーズ。最終回。
昨日までの内容で、エホバの証人的「終わりの時代」のしるしがひとつたりとも実現していないと書いた。
今日は、「家族の絆が弱まる」から。こんな量りようのない、曖昧なことは本来しるしになりようがない。むしろ、家族の絆が弱まっているのはエホバの証人の家族だけではないのか?わが家もエホバの証人が理由で一家離散した。
仕方がないので、むりやりエホバの証人的「終わりの時代」以前と現代を比べてみる。
例えば、兄弟間で殺人のあったカインとアベルの話。寓話なのだが、人類最初の殺人だった。これは、当時の家族内殺人発生率100%。1家族しかない状態で家族内で殺人が起こっている。
当然、現代はそんな高さではない。兄弟殺しなんてなかなかレアだろう。カインアベルレベルで起こっていたら、人類はこれほど繁栄していない。
エホバの証人が信じる人類の歴史では、当初から兄弟間で殺人があった。それに比べれば、特に現代において「家族の絆」が弱まっているとは言いがたい。むしろ、人類最初の家族以来、エホバの証人の周囲だけで「家族の絆」が弱まっているだけなのでは?
聖書迷子のエホバの証人
次、「神への愛が薄れる」
知らんがな。こんなもん量れないから△。量りようのないモノを持ってきて、「終わりの日のしるしガー」って、やっているのがうさん臭さ満点。情弱信者を騙すための材料なんだよ。
そして、「宗教の偽善」
この点はエホバの証人が見事に体現しているので◎。
児童虐待、児童性虐待、輸血拒否、国連NGO加盟、ヒトラー迎合、ハルマゲドンでの人類皆殺しを望むという愛の欠如と人命軽視、二枚舌。
宗教の偽善、偽予言者の到来というキリストの予言は、エホバの証人が見事に成就させている。
「聖書予言についての理解が進む」
これはエホバの証人が自称しているだけ、というか偽証しているだけで、勝手な解釈を理解が進んだと言っているだけ。とはいえ、その理解はいつも間違っていて、新しい理解で書き換わる。そして、それも間違っている。その繰り返し。
エホバの証人の発足以降、予言を勝手に解釈し間違い、新しい解釈、そしてまた間違う、またまた新しい解釈が出る、というのが続いている。現行解釈もどうせ間違っているのだがら、これは理解が進んでいるわけではなく、聖書迷子になっているだけ。
×だな。
「世界的な伝道活動」
世界中でエホバの証人のことが使えられるのは不可能と、以前の記事で書いた。
ようやく最後「無関心やばかにする態度」
これは、エホバの証人が自らしょうもないことを言っているので、仕方のないこと。
とはいえ、エホバの証人の悪い点がきちんと報道され、逆の意味で無関心が減り、若干問題視されつつはある。しかし、1914年以降の長期スパン、世界規模での定量化は不可能だろうから△。
すべて同時実現するのが、エホバの証人的「終わりの時代」のしるしなので、ひとつでもハズれている時点で、現代はエホバの証人的「終わりの時代」ではない。
それどころが、エホバの証人が体現している「宗教の偽善」以外は、量りようがないモノだったり、全然実現していなかったり。
つまり、現代はエホバの証人的「終わりの時代」ではない。エホバの証人信者は全員、教団に騙されているだけ。ほんの少しの理性で分かることなのに、それが分からないのは残念でならない。