爽やかとは対極のエホバの証人(JW)の霊的パラダイス。

エホバの証人の霊的パラダイスとは?

『近現代日本とエホバの証人』より。結章「日本のエホバの証人における<本部志向>とは」の前半部分。

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エホバの証人の予言では、近いうちにハルマゲドンという裁きが起こりエホバの証人以外の人類は全滅。その後、地球はエホバの証人だらけのパラダイスに造り替えられるという設定になっている。地上のパラダイスはまだ実現していないが、エホバの証人の

教団内には「霊的パラダイス」と称される状態が実現しているのだという。「霊的パラダイス」は、国家の枠組を超えた世界的な兄弟関係やエホバ神の「爽やかさ」などが実感できる「避難所」であり、教団外では得ることのできない安心感や信頼関係がある(=コミュニティ的な要素)とされている

霊的パラダイスというか、脳内パラダイス。「ここは霊的パラダイスですよ」と言われて、そのまま信じちゃうエホバの証人の精神状態がお花畑。無自覚、無批判、無警戒、何も考えていない。

エホバの証人は「爽やかさ」ってよく言うけど、エホバの証人ほど「爽やかさ」の対極に位置するものはない。

エホバの証人コミュニティが「避難所」になるのは、現実逃避のための避難所。現実を直視することも変えることも諦めて、考えることすらやめた人生の墓場。そこが爽やかって・・・。

堅苦しい教義を強要され気を病んだり、布教時間のノルマがあったり、子供を虐待したり、性虐待の温床になっていたり。激しく爽やかじゃない。

世界中での信者数の増加が神の是認というエホバの証人、何だそれ?

未来に残すべきではない不浄な霊的パラダイス

パラダイスで思い出したのが、20才くらいの時に初めて行ったビアガーデン。バドワイザーのボディコンを来たスタイルの良いお姉さんたちが、とめどなく生ビールを持ってきてくれた。

暑すぎず、ビル風すら気持ちのいい初夏の夕暮れ。「ここは天国だ!」と叫びながら無限にビールを飲んだ。エホバの証人の中には絶対にない、爽やかなパラダイス。

この時、心の片隅で感じていたのは、「今、終わりが来ても、それはそれで後悔はない」ということ。正直、まだ死にたくない気持ちで満ち満ちてはいたけれど。

子どもの頃から洗脳されたハルマゲドン、この時はまだ現実に起こるモノとして認識していた。ハルマゲドンの恐怖に怯え、途中でへし折られる人生を全力で楽しもうとしていた。

10代~20代の若者に死を覚悟させ、人生の形成を妨害する。そんなエホバの証人のどこが爽やかなのか?

エホバの証人は爽やかの対極にあり、次世代に決して残すべきモノではない。宗教だろうが何だろうが、今より先の未来に存在させるべきではない、不浄なモノ。


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