反エホバの証人右派の主張
『宗教2世』、Session2-4。『旧統一教会だけではない、「性」をめぐる差別』より。
性的マイノリティの権利を認めると、「家族や社会が崩壊する」というのも、右派からよく出てくる言葉のひとつ
これは無茶苦茶で、最大級の差別発言なのだが、反エホバの証人右派の私からよく出てくる言葉が、エホバの証人になると「家族が崩壊する」。私も似たようなこと言っていないかと、自戒してみる。
実際、我が家はエホバの証人になって家族が崩壊したし、両親がいまだ教団のマインドコントロールに囚われたままの人もいる。エホバの証人に関わると「家族が崩壊する」のは、一部では事実であろう。
やはり、家族を崩壊させる宗教など不要なわけで。この世界に、エホバの証人は要らない。これが反エホバの証人右派の主張。
エホバの証人のハルマゲドン教理が間違っている理由
本章では、性的マイノリティに対する宗教右派の行動を容認しない姿勢をとっている。しかし、宗教に対しては、まだまだ古い考え方。
宗教や信仰そのものを否定するのでもなく、丁寧に向き合う必要がある
と章が閉じられている。
間違った宗教や信仰は認めるべきでない。否定し正しい方向、つまり脱会させることこそ、誠実で丁寧な対応といえる。
間違っている宗教や信仰をどう判断するか?
それは、ひとまず教理で客観的に判断できる。
エホバの証人の教理が間違っている理由。「ハルマゲドンが来る」という教理を掲げている点。ハルマゲドンは来ないので間違い。
ハルマゲドンの非到来や神の不在は証明できないという意見があるかも知れない。
しかし、ハルマゲドンについてはある程度は結論が出せる。
エホバの証人型のハルマゲドン、つまりエホバの証人以外、ほとんどの人類の滅び。これが起こると嫌だよね。普通の人は。それってつまり、間違いでしょ。学校でも習うし、聖書にだって書いてあるんじゃない?「人の嫌がることをするな」って。
間違いは正してやらないといけない。それが大人の努め。
現代人の努め
日本人の大半、まともな精神状態にある人びとは、ハルマゲドンなど来ないことを知っている。知ってはいるが、ハルマゲドンを信じて疑わない人がいても、信じるのは個人の自由だと放置している。それが信仰の自由だと。
そういうのをもういい加減やめよう。来ないものは来ないと言ってやるべき。それが正真正銘の優しさ。騙されている人がいるのを、個人の自由だからと放置するのが、果たして理想的な人間の姿と言えるのか?
来やしないハルマゲドン信仰を持つ、エホバの証人という宗教は間違っている。間違っているモノは指摘し、正してやるのが人間として好ましい姿。
非常にめんどくさい作業ではある。相手は正しいと信じて疑っていないのだから。しかし、間違ったモノを正しいと思い込んで騙されている人々を放っておくのは、近代的で文化的な生活を享受する現代人として望ましい姿ではない。
宗教は誰かを排除するためではなく、弱い立場に置かれた人たちにこそ寄り添い、ともに生きていくためのもの
それはごもっともで良いことなのだが、逆に、その弱い立場に置かれた人から搾取する宗教は悪意に満ちている。
間違っているハルマゲドンを信じちゃっているエホバの証人は、情報的に弱い立場にある。まさに情弱。情弱信者を食い物にするエホバの証人という宗教は、この世界に不要。
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