証拠が語る“真実”と、ものみの塔が語る“真理”
ものみの塔聖書冊子協会と裁判をしている件。ものみの塔側が私のブログを大量に証拠として提出している。
エホバの証人のとある会衆が、不届きにもアルコール禁止の公共施設で赤ワイン必須の記念式を開催したので、私が抗議・介入した件。その一連の流れを記した私のブログ記事。
昨日の記事で前半部分の乙39~42号証を紹介。今日は乙43と乙44に対する私の見解。
以下、原告=私のこと。
まず、乙43号証「エホバの証人の死の記念式で、警察官による職務質問中」。
ものみの塔側の証拠説明書によると、立証趣旨は以下。
警察官が、原告に退去するように説得したこと
これは事実の歪曲。実際は乙43の当該記事より、以下のとおり。
怪しい者だけど、手製の武器とかは持ってないし、公共施設の共用部にいるだけ。しかも、公共施設の不適切利用を危惧する健全な市民なわけで。
なので、「帰れ」とも言えない警察官が
「今日はもう大丈夫ですか?用事は?」
「今から、○○○市でエホバの証人がやってるところにも同じことしにいかないといけないんで。こいつら、今日そこら中でやってるんですよ。」
もう一ヵ所、エホバの証人の記念式を潰しに行かないといけない。もちろん、アルコール禁止施設への赤ワイン持ち込みというルール違反による正当な理由でだよ。
なので、この警察官は市外で管轄が違うというのもあり無関係だというのもあるが、何も手出しできない。
「じゃあ、一緒に帰りますか」
なんか、警察官にも好かれたのかな・・・。
私は公共施設の不適切利用を是正するため、次の会場へ向かう予定があり、自主的にその場を離れただけ。しかも、警察官とそういう内容の会話をしていると、ものみの塔が提出している証拠資料のなかで書いている。
警察官も「じゃあ、一緒に帰りますか」と同行する意志を示しただけで、退去命令など出していない。
それにもかかわらず、「警察官が退去するよう説得した」と主張するのは、明らかな事実のねじ曲げ。
さすがのものみの塔。連中の言う「真理」が、いかにねじ曲げられたモノであるかがよく分かる。
続いて、乙44号証「リアルな世界の生々しい生命の躍動と対極にあるエホバの証人の死の記念式」。立証趣旨は以下。ものみの塔側の証拠説明書より。
警察官が、原告を会場から立ち去らせたこと。
ホント、こういうウソ書くのやめて貰っていいかな。法的措置を検討しますよ。私は私自身の意思で立ち去ったのであって、警察官は関係ないので。帰るとき、警察官がついてきただけ。ついでにお互いに情報収集をしあっただけ。
この記事乙44だけを読むと、
「とりあえず、行きましょうか」
と警察官が、さらなるもめごとを止めたいのか、私の帰りを促す。
とあるので、「警察官が私を立ち去らせた」とも・・・読めないだろ。「促した」だけ。私は、すでに次のエホバの証人の記念式会場へ向かう時間だったため、自らの判断でその場を離れた。警察官は同行してきただけで、退去させた事実は一切ない。
しかも、この事実は、ものみの塔が提出した乙43号証にも記載されている。それにもかかわらず、真逆の主張をするとは、さすが「真理」を掲げる団体だけのことはある。
警察官が私を立ち去らせた、なんてのは失礼な話。さすがのエホバの証人。神の名前まで捏造しちゃうだけのことはある。
ものみの塔側の証拠説明書には、こうした事実の歪曲が散見される。法廷での主張において、事実を正確に伝える責任は極めて重い。このような姿勢が、連中の言う「真理」の実態をよく表している。


