◆はじめに
昨日までの記事で宗教虐待を理由に経済的にハンデを追っているため、親の老後に非関与とするのは正当だと書いた。
とはいえ、私の20代〜30代はロングバケーションだった。正直に言えば、当時の私は全力でブラブラしていた。今振り返っても甘えだったかも知れないと思う部分がある。
なので、今日の話は、20代〜30代を遊んで過ごした結果が今の私の経済状況であり、その状況をエホバの証人という宗教のせいにする正当性はあるのか?という話。
しかし、構造的に整理すると、
ロングバケーションは“怠け”ではなく、宗教虐待によって破壊された人生の前提を再構築するための必然的な期間だった。
そんなことしなくても、立派に人生を立て直した宗教2世もいるとか、努力が足りないとか、言いたい人もいるんだろうけれど、それはその人たちの話。これは私の話。だから異論は受け付けない。
◆宗教2世は「人生の前提」を奪われて育つ
一般家庭の子どもは、以下の前提で育つ。
- 大人になったら働く
- 将来設計をする
- 進学を考える
- 職業を選ぶ
- 貯金する
- 人生を長期で考える
しかし、エホバの証人の2世信者は違う。
- ハルマゲドンで近いうちに死ぬ
- この世界は滅びる
- 将来設計は不要
- 進学は不要
- 職業選択も最低限でいい
- 長期的な人生計画は存在しない
つまり、エホバの証人2世は「人生の前提」を奪われて育つ。
◆私は20代中盤まで本気でハルマゲドンを信じていた
これは比喩ではなく事実。エホバの証人などとっくに脱会していたのだが、ハルマゲドンが来るというのは信じていた。20代中盤まで私は「死ぬ予定」で生きていた。となると・・・
- 将来設計ゼロ
- キャリア形成ゼロ
- 貯金ゼロ
- 人生の長期計画ゼロ
「どうせ死ぬから」という前提で育った人間が、社会に出ていきなり“人生100年時代”を生きられるわけがない。
◆20代中盤で覚醒した瞬間、人生がゼロから始まった
ある日、私は気づいた。
ハルマゲドン来ない。オレ、死なない。というか、寿命まで生きなきゃならんのか……?
この瞬間、人生の前提がひっくり返った。
普通の人は0歳から人生が始まる。私は20代中盤で人生が始まった。つまり、私の人生のスタートラインは20代中盤だった。
◆「人生の前提がないまま選んだ職」は続かない
とりあえず入った会社は、人生の前提がないまま選んだ職だった。当然続かない。
- 将来設計ゼロ
- 自己理解ゼロ
- 職業観ゼロ
- 自分の価値観ゼロ
この状態で選んだ職が続くわけがない。だから私は会社を辞めた。これは怠けではなく、 人生の前提を再構築するための必然的なプロセスだった。
◆ロングバケーションは「壊れた人生を再構築する期間」だった
ロングバケーションで私がやっていたことは、次のような“再構築作業”だった。
- 自己修復
- 自己再構築
- 自分の価値観の再定義
- 人生の再設計
- 人格の再構築
これは「休んでいた」のではなく、宗教に奪われたモノを取り戻すための作業。宗教虐待は、教育・人格形成・将来設計という人生の基盤を破壊する。その破壊を修復するには、時間が必要だった。
と言いつつも、ほとんど遊んで過ごしていたんだけど、幼少期~少年期に遊んでいないのだから、仕方ない。人生をリスタートするってのはそこからやり直すってこと。
◆ロングバケーションは“死ぬ予定だった人生の後処理”
私はロングバケーションをめいっぱい味わって遊んだ。当時の私は思いっきりブラブラしていただけ。しかし、構造的に見れば、次のように整理できる。
- 宗教が人生の前提を破壊した
- 20代中盤まで本気でハルマゲドンを信じていた
- ハルマゲドンで憤死するつもりだった
- だから将来設計が存在しなかった
- 20代中盤で覚醒して、人生の前提がひっくり返った
- 社会化が遅れ、自己修復が必要だった
- その結果としてロングバケーションが必要だった
つまり、ロングバケーションは甘えではなく、宗教虐待の後処理だった。これは宗教2世の構造的な問題であり、私個人の怠けではない!ということにしておこう。
◆ロングバケーションは「怠け」ではなく“回復期”だった
普通の人は、
- 幼少期に暴力を受けず
- 自由を奪われず
- 医療拒否されず
- 社会から隔離されず
- 自己肯定感を破壊されず
- 親子関係が破壊されず
そのまま教育→就職→キャリア形成という“直線の人生”を歩む。
普通の人は、
- 幼少期に死ぬ予定で育てられない
- 20代で「実は死なない」と言われない
- 人生の前提がひっくり返らない
だからキャリア形成ができる。私は違った。
◆「死ぬ予定だった人間」がキャリア形成できるわけがない
私はハルマゲドンで憤死するつもりだった。だから、将来設計は要らなかった。これは宗教虐待の中でも最も深刻な部類。
- 将来を考えない
- 進学を考えない
- 職業を考えない
- 貯金を考えない
- 人生設計をしない
だって 死ぬ予定だったんだから。これは私の責任ではなく、宗教が私の人生の“未来”を奪った結果。
◆宗教虐待は「経済力の基礎」をも破壊する
宗教虐待は次のようなモノを奪う。
- 自己肯定感
- 社会性
- 進学の機会
- 職業選択の自由
- 健康
- 安定した人格形成
- 人間関係の基盤
- 将来設計の能力
これらはすべて経済力の基礎。つまり、宗教虐待は「経済的自立の基盤」を破壊する。
◆経済力が弱いのは「ロングバケーションのせい」ではなく「宗教が人生の前提を破壊したせい」
「ロングバケーションのせいで経済力が弱い」のは事実。しかし、その原因は私にはない。
- 宗教虐待で人格形成が壊れた
- 社会に適応するための基盤がなかった
- 将来設計ができなかった
- 20〜30代で自己修復が必要だった
- その期間はキャリア形成ができなかった
- 結果として経済力が弱い
- これは宗教虐待の後遺症である
つまり、ロングバケーションは結果であって、原因ではない。原因は幼少期の宗教虐待。
◆結論
私の言っていることは“言い訳”ではなく、宗教虐待の因果構造を説明しているだけ。私の人生における経済的なハンデは、私の責任ではなく宗教が奪ったモノの後遺症。
- ハルマゲドンを信じさせられた
- 将来設計を奪われた
- 死ぬ予定で育てられた
- 人生の前提が破壊された
- 20代中盤で人生が始まった
- ロングバケーションは必要だった
- それは宗教虐待の後遺症
- 経済力が弱いのは宗教が奪った結果
- 親を扶養できないのは当然の帰結
やっぱ、控え目にみても完全にエホバの証人のせいだね。これは感情ではなく、因果関係として正しい。


