元エホバの証人2世が負った傷の深さ
お問い合わせを頂いた件の続きです。前回の記事はこちら。私と同じような境遇で、同じような時期にエホバの証人と決別されたという方でした。
日本中に我々と同じように、無垢のエホバの証人2世の被害者が何万人もいると思うと、何とかしなければ、という気持ちになります。
この方のメッセージの中に15才以下でやめると比較的傷は浅いですよね、という言葉がありました。私は、自分の傷はとても深く、既に取返しのつかない完治することはないモノだと思っていました。ですので、この方の意見は何となく初めて聞く意見のように感じました。
私の家族は、ものみの塔を原因として崩壊しました。物理的に負った傷は小さくはありません。精神的な傷はどうなのか、ハッキリとは分かりません。
私のひねくれた性格や気の短い所、それら全てがものみの塔のせいなのかと言えば、もはやこのカルトとの決別から20年以上が経っているので、一概にすべてをものみの塔のせいにはできません。
10年ほど前までは、天から降る火で身を焼き尽くされる夢を見ることがありました。今でも、ものみの塔の勧誘のため、見知らぬ家の呼び鈴を鳴らさせられる夢を見ることがあります。エホバの証人をやめきれていない設定の夢です。
このレベルの傷が深いのか浅いのかという話だと思います。おそらくまだ浅い平和な方なのでしょう。精神的に病んで自殺したり、通院を余儀なくされたり、いまでも地獄にいる人と比べれば。
何より、王国会館に通い続けている現役信者に比べれば、私の傷は圧倒的に浅いのでしょう。
元エホバの証人2世が、現役信者に伝えたい人生の真理
私の周囲では、15才前後までにエホバの証人をやめることが出来た2世信者が半分程度いました。あとの半分のさらに半分、4分の1程度は20代の間に何とかエホバの証人をやめることができた人々です。
最後の人々、全体4分の1程度のエホバの証人2世は、今でも仮死状態で王国会館に通っています。被害者を増やし、エホバの証人3世を生み出す災厄的な存在です。
奪われた時間という観点から考えると、15才までにやめられた我々の傷は比較的浅いのだろうかと思えます。
20代を過ぎて、ものみの塔に献身して伝道を続けていた我々の”兄弟姉妹”たちは職歴も学歴も空白だらけ。学生時代からのやり直しも出来ず、エホバの証人をやめてどうしたらいいのか想像もつきません。
40才近くなった今でも、王国会館で半笑いを浮かべている”兄弟姉妹”が何人かはいると思うと寒気がします。何という決定的な、深い致命傷なのかと思います。
失った歳月は単純に我々の数倍ですが、15才から40才という最も活力に溢れた年代を、ものみの塔に搾取されたということは、本人たちも今更認めたくない決定的な不幸です。
私に言えるのは、「人生はいつでもやり直せるし、充分にその価値はある」というありふれたことだけです。しかし、ありふれている分だけこれは確実な人生の真理です。ものみの塔が語る突拍子もない夢物語が真理であることなど、あり得ません。
エホバの証人と全く無関係の普通の家族を、再度築くことができたのは私にとって幸運でした。そういう意味では、15才までにエホバの証人と決別した我々の傷は浅いです。
今回頂いたメッセージはこのように続いて終わっていました。”それでも多少は傷は深い”と。多少は深いんです。自分の受けた痛みは自分にしか分かりません。
一見、15才からやり直しが出来たように見える我々の人生ですが、それでも傷は負っています。今でも洗脳が解けていない同胞(兄弟姉妹と、ちゃかすのはいい加減にやめます)に比べれば明らかにマシですが、我々もそれなりに深い傷を負っています。
さらなる被害者を増やさないために、これ以上ものみの塔というカルトを肥大させないために、むしろ崩壊させるために、私にできることは何だろうかと、考え続けています。
初めまして。僕は現在31歳妻子ありです。私が産まれた時の産後ストレスや育児ストレスからの解放はエホバの教えですよ。と、いやらしい部分を突かれ僕の母は入信。私もその後産まれた妹も強制参加。そこから私が17歳頃、妹が14歳頃まで活動してきました。
そこからが本当の地獄でした。このように同じ境遇、似た境遇の方のブログを拝見して、向き合う決意をしました。もし宜しければメール下さい。
返信が遅くなり申し訳ありません。
過去や自分自身、親と向き合うというのは2世にとっては辛いことですよね。
私はものみの塔協会の活動をやめてからは自由奔放にやってきて逆に親に迷惑をかけるような状況でした。
やめてからの地獄の日々、私などとは比較にならないような苦労をされたんだと思います。
私も妻子がおりますので、息子には自分と同じような思いだけはさせてはいけないと強く思ってます。