エホバの証人は、やはり犬
エホバの証人は特権大好きでものみの塔の犬だと昨日の記事で書いた。
これはエホバの証人の1世信者に大きくあてはまる話なのだが、実は親ゆえにエホバの証人をやっているエホバの証人2世信者も根は同じ。犬。
特権が親の是認に置き換わり、そこにこらしめという罰が付け加えられる。こらしめという主に体罰は、子どもが大きくなれば親の是認を失うという罰に置き換わる。
こう考えると1世信者も同じ。特権というエサと組織の是認を失うという罰で動かされている犬。自分の意識を持たないエサと罰で操られているだけの家畜。
極論になるが、人は誰に認められなくても生きていける。親がいなくても生きていけるし、友だちがいなくても生きていける。一人で一人で生まれてきて一人で死んでいくだけ。色どりのない人生ではあるが、悪の組織の犬になるよりは百倍マシ。
エホバの証人がエホバの証人以外の人に認めてもらう方法
とはいえ、人に認められるのは実は簡単。仕事で役目を果たし、わずかでも報酬が貰えるのなら、それは感謝の代償。既に認められている。
駅に落ちているゴミでも365日、いや1ヶ月でも拾い続ければ必ず感謝される。エホバという神は不在なので見ていないけど、その辺にいる人が誰か必ず見ていて感謝している。あなたはそれだけで承認されている。
他の人に認めてもらう一番の方法。それはエホバの証人をやめる行動を起こすこと。
私はその人の勇気と脱会という決断、決意を素晴らしいと思う。
なぜなら、私自分の経験からエホバの証人をやめるのはとても苦しい、辛いのを知っているから。しかし、その先に待っているのは決してバラ色ではないけど、カラフルでリアルな世界。良いことも悪いことも、ごちゃまぜな本当の人生。
オレみたいな奴に認められても、何の得にもならないかも知れないけど、それでも『あなたの行動は素敵だ』と言われて悪い気はしない。
そして、最後にとっておきの人があなたを認めてくれる。エホバの証人をやめるという苦渋の決断を下したあなたを認めてくれる人。苦しい決断だったが脱会という1000%正しい行動をしたあなたを認めてくれる人。
それは、あなた自身。「よく頑張った。良く行動した」と自分で自分を1万回くらい褒めていい。エホバの証人脱会の決断ができたのなら、この後の人生何でもできる。それくらいの重大な決断を自分で下したということ。そんな自分を深く深く愛していい。