ものみの塔却下~
ものみの塔と裁判をしている件。控訴審で当方敗訴なのだが、その判決文にツッコミ。判決文を読んで最初に書いたメモを加筆修正しながら掲載。
まず、主文。
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 本件附帯控訴を却下する。
3 控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。
「本件附帯控訴を却下する」
のところ。附帯控訴をしかけているのはものみの塔側なので、
!?ものみの塔却下って門前払いされてんじゃん。真の神の組織却下~。
私の控訴は「棄却」されているんだけど、ものみの塔のほうは「却下」なので、ものみの塔側は門前払い的な扱いのはず。いや、さすがエホバだわ~。
「附帯控訴費用は被控訴人の負担とする」
のところ。
附帯控訴はオレの勝ち。あれ?ものみの塔って下級審も含めて負けたことないって自称してなかったっけ?
本体で勝ってるからこれは勝ちとか言いそうだし、こちとらもそんなセコいこと言わずに、最高裁で逆転してから、ものみの塔に勝った~って吹聴しますよ。
これは、私の記憶違いでものみの塔が自称しているのは、
「日本でエホバの証人の組織的な不法行為が認定された判例は下級審判例を含め1つも存在していない」
きっと、負けたことは何度もあるんすね。そして、今回、最高裁で私が逆転して、初めて日本でエホバの証人の組織的な不法行為が認定されると。
控訴審の判決文にツッコミ
続いて、メインの判決文。
このような寄付金の使用主体の実態が本件サイトに記載されていれば本件寄附を行うことはなかった旨主張する。
しかし、引用に係る原判決認定、説示のとおり、控訴人は、本件寄附をする以前から、本件宗教団体に係る海外の団体が児童性虐待に係る訴訟を提起され多額の賠償金の支払義務を負い、控訴人に対する寄付金がこれらの支払等に使われているか疑いを抱いていたものである上、当審においても、本件寄附の目的が被控訴人の寄附勧誘の適法性を検証するためのものであったことを自認しているところである。
そうすると、控訴人が、本件サイトの記載により寄附金の使途や使用主体等を誤認したが故に本件寄附を行ったものとは認めることができず、本件サイトにおける寄附勧誘の違法 を原因として本件寄附金相当額の損害賠償を求める控訴人の請求は、理由がないものといわざるを得ない。控訴人の上記主張は採用することができない。
控訴人はその他にも種々主張するが、原審における主張と実質を同じくするものか、当裁判所の上記判断を左右しないものであって、いずれも採用することができない。
「このような寄付金の使用主体の実態が本件サイトに記載されていれば本件寄附を行うことはなかった旨主張する」
のところ。そのとおり。ものみの塔が
正体隠ししてなければ、寄付しなかった
寄附金の使用主体である統治体が児童性虐待訴訟で敗訴し真っ黒だという正体がエホバの証人公式サイトに記載されていたならば、私は寄附しなかった。
続く部分で接続詞の
「しかし」のところ。
「寄付金の使用主体の正体が本件サイトに記載されていれば本件寄附を行うことはなかった旨主張する。
しかし、控訴人は、本件寄附をする以前から、本件宗教団体に係る海外の団体が児童性虐待訴訟の多額の賠償金の支払義務を負い、寄附金流用を疑っており、寄附の目的が寄附勧誘の適法性検証だったことを自認しているところである。」
この「しかし」について
接続詞がおかしい。疑いが事実がどうか検証したかったから、寄附をして検証した。だから、統治体の正体が本件サイトに記載されてあれば、当然寄附などしない。
使うべき接続詞は、逆説でなく、順接なんだよね。
さらに、続く部分。
「そうすると、控訴人が、本件サイトの記載により寄附金の使途や使用主体等を誤認したが故に本件寄附を行ったものとは認めることができず、本件サイトにおける寄附勧誘の違法を原因として本件寄附金相当額の損害賠償を求める控訴人の請求は、理由がない」
この、「そうすると」について
接続詞として成立しない。
疑い、検証するのは確証がないから、確証がないなら誤認する。寄附勧誘が正体隠しとして違法なら、損害賠償の理由はある。
あと、寄附金の使途も使用主体も誤認してないっていうのなら、オレの疑いは正解。つまり、不当寄附勧誘だね。
「寄附の使途を疑い、検証していた。そうすると、使途を誤認したとはいえない」、なんて論理がつながるはずがない。「寄附の使途を疑い、検証していた。そうすると、検証結果によっては、誤認になり得る」のはず。
まさか、流用してねぇよな?
→流用している→誤認。嘘勧誘しやがって!寄附金返せ!
→流用していないし寄附の使用主体も潔白→勧誘の通り。正当寄附勧誘。
流用してるんじゃないのかな?
→流用している→誤認じゃないのかも知れないが、不当寄附勧誘。
→流用していないし寄附の使用主体も潔白→勧誘の通り。正当寄附勧誘。
ここでものみの塔が逃げ切る判決は、「寄附金の使途も使用主体も勧誘サイトのとおり、寄附金流用の疑いは控訴人の思い込みにすぎない」、これしかないわけよ。しかし、
さすがに裁判官が事実を曲げるわけにはいかず、疑いがあったから誤認じゃない、みたいなへんちくりんな論理になったってわけ。
最後のツッコミ。
「控訴人はその他にも種々主張するが、原審における主張と実質を同じくするものか、当裁判所の上記判断を左右しないものであって、いずれも採用することができない」
のところ。
原審でも高裁でも判断を示していないものがある。逃げるな。
- ものみの塔の寄附勧誘は正体隠しではないのか?
- ものみの塔の寄附勧誘は説明責任を果たしていないのではないのか?
- ものみの塔の寄附勧誘で謳っている目的と実際の使途が不一致だといえる高度な蓋然性があるのではないか?
- ものみの塔の主張がコロコロ変わっていることこそ不当寄附勧誘ではないのか?
- ものみの塔が寄附の適法性の根拠に使った財務文書を開示しないことこそ、不当寄附勧誘の根拠ではないのか?
このあたりを完全否定できたら、オレの負けだな。


