なんでエホバの証人なんかに?
ふと、「なんでオレ、こんなどうでもいいはずのエホバの証人に、それなりのリソースかけて関わってんだろ?」と思う。
全く無関係で生きて行くことも可能で、実際に四半世紀近くそうしてきた時期もあった。
それでも今こうして向き合っている理由は単純で、”構造としての邪悪さ”を知ってしまったから。知ってしまった以上、見て見ぬふりはできない。
エホバの証人の審理委員会という邪悪な場
どこが邪悪かって?挙げればきりがないんだけど、今日は審理委員会というエホバの証人による私的裁判について。
審理委員会とは、教団内部で「信者が罪を犯した」とされると開かれる場。問題は、その“罪”が客観的な法や社会規範ではなく、教団独自の基準で勝手に認定される点にある。
輸血したり、未婚のまま関係を持つとダメっていう、現実社会の基準から著しく逸脱した独自ルール。オレみたいないわゆる背教者と一緒にメシ喰ったり、教団批判をするのもダメかも。
審理委員会に呼び出された時点で、事実上「有罪」は確定。あとは裁く側の裁量で処分が決まる。
しかも裁く側は男性信者のみ。この時点で現代社会の価値観とは大きく乖離。
そしてさらに問題なのは、審理委員会という名のもとに、男性信者が“罪”をこじつけて密室で女性を囲むという構造。あまりに危険で、現代社会の倫理から逸脱している。
裁く側の実態は「素人の中間管理職」
審理委員会を構成するのは「長老」と呼ばれる教団内の中間管理職の男性信者なんだけど、世間的にはただの一般人。専門的な法律知識も、心理学的な訓練も、ハラスメント対応の教育も受けていない。職業は普通の会社員だったり、バイトだったり。
そんな素人同然の一般人に密室で囲まれ、プライベートを根掘り葉掘り聞かれる。あとでどんな災厄が降りかかるかわからない。これがどれほど危険で異常な構造か、外部から見れば一目瞭然。
密室・“罪人扱い”・上下関係が生む危険性
審理委員会は密室で行われる。裁かれる側は最初から「悪いことをした人」として扱われ、心理的に追い込まれやすい。
密室で、一応は指導的立場にある複数の男性に囲まれる。その状況だけで十分に恐怖を感じる人もいるだろう。
こんな環境下の審理委員会では、何か問題が起きても発覚しにくい。問題が起きていたとしても、密室だし、裁かれる側は否応なく罪の意識をねじ込まれるわけで。
エホバの証人の審理委員会は、問題が起こっても外部に露見しにくく、構造的に隠ぺいが起こりやすい仕組みになっている。
本当に罪深いのは誰か
問題は、他人を裁く素養も権限もない人間を“裁く側”に立たせてしまう制度。勘違い野郎を生み出し、暴走させかねない仕組み。制度を正当化し、「自分たちは裁く立場にある」と勘違いさせてしまう組織の側に、より深い責任がある。


